中立と支援の現場に生きる「もう1人のアウン・サン・スー・チー」

抗う タイ国境のミャンマー人たち ㊦

 「医療従事者にとってミャンマーは世界最悪の危険地帯」―。ミャンマーの医師団体は10月末、こんな見出しの報告書を発表した。

 2月のクーデター後、軍政当局による医療従事者の拘束や暴力などの被害が約260件あり、世界保健機関(WHO)が今年集計した全世界の被害の40%を占めると訴えた。軍政は実際に、抗議のため職場放棄を続ける医師らを拘束したり、医療支援団体の物資運搬を阻んだりし続けている。

 タイ・メソトのミャンマー人向け診療所「メータオ・クリニック」創設者のシンシア・マウンさん(61)も相次ぐ被害の知らせに悩んでいた。少数民族地域と連携し、医師や医薬品などを越境して送り込む活動を進めていたからだ。そこへ民主派勢力「挙国一致政府(NUG)」から提案が届いた。新型コロナウイルス対応を立案する独自の「タスクフォース」(特別チーム)トップ就任の要請だった。

 「私たちは政治や抵抗運動と直接関わってはいないが…」。政治的中立が原則の人道支援。だが支援の継続自体が危機にある。悩んだ末、9月に就任を引き受けた。「中立とは、市民を助ける活動そのものだ」

 すぐに、軍政に依存しないワクチン調達や安全な接種のための監視を国際社会に呼び掛ける方針を策定。自ら欧米や国連などと水面下の交渉を進めている。

国連はいつも「懸念」。何もしてくれない

 その名は「バックパック・ヘルスワーカー・チーム」。クリニックや少数民族地域と連携し、文字通り物資を担いで越境し医療支援を行う実動部隊の本部もメソトにあった。

 「物資運搬やジャングルでの診療、コロナ検査。全てこっそりやる」。ミャンマー少数民族地域出身の男性スタッフ、コ・ジー・チャンさん(43)はある少数民族地域の焼け落ちた建物の写真を見せた。当局に放火されたという移動診療所だった。「私たちも中立だが、軍政にとっては敵なんだ」。当局に活動を認めさせようと交渉すれば攻撃される恐れがある。取材前日の11月10日、国連安全保障理事会が声明を出した。人道支援に対する相次ぐ妨害に「深い懸念」を示す内容に、チャンさんは苦笑した。「国連はいつも『懸念』。何もしてくれない」

 国連や外国政府が求める「人道支援」には、軍政を揺さぶる狙いがある。だから軍政は人道支援の受け入れを避け続ける。そのはざまで、支援が受けられない難民と支援を試みる現場の思いは取り残される。

 その両方の立場で格闘するシンシアさんは「もう1人のアウン・サン・スー・チー」と呼ばれ、スー・チー氏が受賞したノーベル平和賞候補になったこともある。だがスー・チー氏に関する質問には答えなかった。中立を保とうとしたのか、国に残り抵抗を続けるスー・チー氏への遠慮なのか、それとも犠牲を生み続ける権力闘争への嫌悪なのか―。

 最後に書いてもらったメッセージは、30年以上踏み入ることができていない母国への思いで結ばれていた。「自由なミャンマーで会えることを願っています」

 (タイ・メソトで川合秀紀)

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