長崎、広島は核実験の被害者とつながりを 明星大・竹峰教授に聞く

ネクストステップ 「核なき世界」を問う④

 核兵器禁止条約は、核兵器の被害者を次のように定義している。「核兵器の使用または実験によって影響を受けるもの」(外務省・暫定的な仮訳より)。人類が核兵器を実際に使用したのは広島と長崎の2回だけだが、核実験は2000回以上繰り返してきたとされる。その被害の実態は、どのようなものなのか。米国が核実験場を設置した太平洋のマーシャル諸島で長年、調査を続け、国内外の核被害者に詳しい明星大の竹峰誠一郎教授(国際社会学)に聞いた。(聞き手は坪井映里香)

 -人類はこれまで、どのような核実験を行ってきたのか。

 「広島、長崎の原爆投下前、1945年7月に米国ニューメキシコ州で、世界初の核実験が行われた。46年7月には米国がマーシャル諸島のビキニ環礁で実験を始め、49年から旧ソ連も始める。その後、英仏も加わり50年代後半から60年代にかけ、大気圏内核実験のピークを迎える」

 「そもそも(放射性降下物を浴びた)54年の第五福竜丸事件まで、核実験は問題のある行為と認識されていなかった。事件は、核実験による被ばく、放射性降下物という問題を見える化した」

 第五福竜丸に放射性降下物を浴びせたのは、米国が54年3月に行った水爆実験だった。通称「ブラボー実験」と呼ばれる。想定外の破壊力だったため広範囲に「死の灰」(放射性降下物)を降らせ、第五福竜丸の乗組員23人や現地の住民が放射線障害に苦しんだ。一方、米国はその後もマーシャル諸島での核実験を続けた。

 -現地調査をしているマーシャル諸島では、46~58年にかけて計67回の核実験が行われている。聞き取りから見えてきた住民への影響は。

 「調査は98年から始めた。核実験にゆかりのある島々に行き、住民に体験を聞き取った。『体にボールのようなしこりができた』など核実験の前に見られなかった病気が現れたという証言は多い。また、障害のある子どもが生まれる、動植物の異変などもよく聞かれる。広島、長崎との共通点としては、健康被害に対する不安が挙げられる。放射線という単語はマーシャル語にないが、悪さをする目に見えない何かがまかれた、という認識はあり、現地で放射線は『ポイズン(毒)』と呼ばれている」

 -核実験による被害者の規模は。

 「どうくくるかによって全く違う。マーシャル諸島だけでも、実験が行われていた当時1万人超の住民がいた。マーシャル政府は、全域に放射性降下物が及んだと考えているので1万人以上となるが、米国が認めているのはブラボー実験の際に放射性降下物を浴びたとされる住民約240人。また、当時だけではなくその後も土地は汚染され続けていて、除染作業員なども加えるとさらに膨らむ。すべての核実験で同様のことが言える」

海の底に沈んできた問題

 -今年1月に核兵器禁止条約が発効した。その意義について、どう考えるか。

 「核兵器を禁止するという目標に向かい、国際社会や市民社会が議論する場ができた点だ。また、条約では核兵器の問題の議論を『被害』からスタートさせている。つまり、核兵器の使用や実験によって生じた被害に対してやるべきこととして、核兵器を禁止する、という論理構築になっており、一般的に人道的なアプローチといわれている。これまでの安全保障や国防の問題としての枠組みとは違っている」

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