中村哲さんは生きている 母校に「ペシャワール班」、相次ぐ書籍 

 アフガニスタンで人道支援に尽くした中村哲医師が現地で凶弾に倒れてから4日で2年がたった。戦乱や干ばつに苦しむ人々を助けようと、遠い異郷で医療活動や用水路建設の現場に立ち続けた中村さん。理解と共感は時を経て風化するどころか、様々な世代へ広がり続けている。

 「先生は誰も想像しなかったゴールを目指す苦悩とどう向き合ったのですか」。11月28日、福岡市の非政府組織(NGO)「ペシャワール会」の元現地ワーカーを招いて、同市で開かれたイベント。当初は「無謀」とも言われた用水路建設を巡る学生の問いに、中村さんと働いた元ワーカーは答えた。

 「いつも呪文のように、設計に関わる計算を口にされていた。必死に努力していたのだと思う」「現地での仕事はできるか、できないか、ではない。やらなければならなかった」。若者たちの質問を受けて次々と明かされる現地での逸話に、会場の約80人は真剣な表情で耳を傾けていた。

 イベントは中村さんの母校、九州大の学生と福岡高の生徒ら約10人でつくる実行委員会が主催した。今夏に同大で開かれた授業「中村哲記念講座」にも関わった同大2年の野中諒(あき)委員長(21)は「『すごい』で終わらずに私たちができること、やるべきことを考えたいと思った」と話す。

 実行委メンバー、福岡高2年の辺見紗来(さら)さん(17)らは10月に生徒会活動の一環で「ペシャワール班」を設立。支援の輪を広げようと、今月6日からの1週間は「中村哲さんウイーク」と銘打ち、校内にポスターを展示したり、昼休みに募金をしたりする計画という。

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 関連書籍の出版も続く。10月出版の「わたしは『セロ弾きのゴーシュ』」(中村哲著、NHK出版)は、1996~2009年にNHKのラジオ番組で行われた中村さんのインタビューが掲載されている。

 タイトルは宮沢賢治の童話にちなむ。現地の困窮を見かねて活動を続けた自らを、動物の依頼でやむなく演奏をするうちにセロが上達した主人公に重ねた中村さんの発言から着想した。

 「肉声を忠実に再現した」と、担当編集者の加藤剛さん(49)。生前の中村さんを知る読者からは「声が聞こえるようだ」、知らない人からも「語り口が優しい」と好評という。

 共感の広がりは、活動を引き継ぐペシャワール会の支援にもつながっている。会員や支援者はこの1年で3千人増え、11月現在で計約2万2千人。イスラム主義組織タリバンが政権を樹立した今年8月以降に急増した。会の関係者は「現地が大変な時期にこそ、事業を続けてほしいという思いが集まった」とみる。

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 今月3日、ペシャワール会事務局。スタッフやボランティアが、現地から届いたばかりの映像に見入っていた。最初に造った用水路にたまる泥や石を、シャベルや素手でかき出す住民たち…。命日を前に自発的に行われたという。アフガンにも中村さんの思いと事業は息づいている。

 「住民たちを守り、住民たちに守られているのが先生の魂そのもののような気がして、うれしい」。村上優会長(72)がそう話した後、全員で黙とうをささげた。 (中原興平)

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