「福岡国際」歴史に幕 一流選手愛した大濠公園、シューズの名にも

 75回目となる今大会で幕を閉じる福岡国際マラソンを翌日に控えた4日、発着点の平和台陸上競技場(福岡市中央区)に近い大濠公園(同)ではプロランナーの川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)ら出場選手が最終調整した。ランニングや散歩を楽しむ市民を次々と追い抜いていく大会前日恒例の風景も今年で見納めとなった。

 大濠公園はマラソンランナーに長く愛されたコースだ。大会に4度出場し、福岡陸上競技協会理事長としても支えた渡辺和己さん(85)は「大濠公園は1周2キロで走りやすいコース。金栗(四三)さんもよく指導に使っていた」と記憶をたどった。

 大会創設に深く関わり「日本マラソンの父」と呼ばれる金栗さんらは、大会が福岡で初開催された1951年ごろから大濠公園などで有望選手を指導。福岡出身で「身近だった」と話す渡辺さんも筑紫野(現福岡農)高時代に一緒に走って刺激を受けた。九州電気工事(現九電工)に入社した58年の第12回大会に初出場し、マラソンでの60年ローマ、1万メートルでの64年東京の両五輪出場につなげた。

 ミュンヘン五輪のマラソン金メダリストで、71年の第25回大会から4連覇したフランク・ショーターさん(米国)が多くの市民と共に走ったこともあった。ショーターさんはオニツカ(現アシックス)のシューズを愛用。このモデルは大濠公園にちなんで「OHBORI(オーボリ)」シリーズとして72年から販売された。

 宮崎県の旭化成で鍛え、70~80年代の大会を盛り上げた双子の宗兄弟の兄、茂さん(68)は「天神にあった会社の寮から大濠まで走って、何周か回るのが最終調整だった」と懐かしむ。弟の猛さん(68)も「(大濠公園は)ファンや報道陣の数がすごかった。その中で選手同士で抜いたり抜かれたりして」と振り返る前哨戦の舞台でもあった。

 近年のブームで、市民とトップ選手が共に走る東京マラソンなどが人気を博す中、出場に一定の持ちタイムが必要な福岡国際は財政面の事情などで姿を消す。宗猛さんも「エリートと市民マラソンの融合は欧米でも主流。福岡も大きな波にのまれた」と寂しげな表情を浮かべた。ダイエット目的で走り始めた福岡市の会社員、日野孝史さん(38)は「福岡国際は市民ランナーにとっても究極の目標だった」と惜しんだ。 (向吉三郎)

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