【記者がラジオに出演しました!】北京原人の骨はどこに…太平洋戦争開戦の日に消えた化石を追う

 【FM福岡の「あな特GOW!!支局」で記者が記事を解説(1月4日放送)】

 「北京原人の骨が日中戦争のさなかに行方不明になったと聞きました。中国には骨は残っていないのですか?」。西日本新聞の海外特派員が読者の調査依頼にこたえる「あなたの特派員」に福岡県内の男性からこんな質問が寄せられた。80年前の12月8日、太平洋戦争開戦の日に消えた北京原人の頭蓋骨の化石を巡っては、今も多くの仮説が論じられている。(北京、福建省ピンタン島で坂本信博)

 北京市中心部から西南へ車で約1時間半、同市房山区の丘陵。東アジア最大の旧石器時代の遺跡で、世界遺産に指定されている周口店遺跡に、巨大な北京原人の胸像があった。

 1929年12月2日、当時25歳の研究者で、後に中国を代表する古人類学者となった裴文中氏が、洞窟の中で地中に半分埋まっているほぼ完全な頭蓋骨化石を見つけた。その数年前からヒトの臼歯が見つかっており、北京原人と既に命名されていたが、裴氏の発見は世界的な注目を集めた。

 頭蓋骨の容積は現代人と猿人のほぼ中間。北京原人は約77万~約23万年前、直立歩行して道具と火を使い、集団生活をしていたとされる。その後も周口店では日中戦争が始まる37年までに、4個のほぼ完全な頭蓋骨や破片、鎖骨、歯など数多くの化石が発掘された。

 ■日米開戦の朝に

 研究者や中国メディアによると、計5個の頭蓋骨化石などは当時、米国のロックフェラー財団の支援で北京に設立された「北京協和医学院」が保管。米国系機関のため日本軍による接収を免れたものの、日米関係が悪化した41年暮れ、秘密裏に米国に運んで一時保管することになった。

1929年に北京原人のほぼ完全な頭蓋骨化石が見つかった場所

 米国人医師の名前を書いた二つの箱に化石を隠し、北京近郊にある河北省の秦皇島の港から米貨客船プレジデント・ハリソン号に載せる計画だった。41年12月5日、米海兵隊員に守られて二つの箱は北京を出発。8日午前には無事に港に到着し、貨客船が入港するのを待った。が、船は来なかった。

 この日の未明、米ハワイの真珠湾攻撃で日米が開戦。ハリソン号は上海沖で日本側にされていたのだ。化石を護送していた米海兵隊員らも捕虜となった。北京原人の頭蓋骨化石に関心を寄せていた日本軍は8日朝、医学院を強襲して金庫を開けさせたところ、化石の石こう模型しか残っていなかったといわれる。映画のような話だが、この日から化石が姿を消してしまったのは事実だ。

 ■行方に諸説あり

 周口店遺跡のそばにある博物館には、これまでに見つかった頭蓋骨化石の模型が複数展示されている。裴氏は戦後の再調査で66年にも額や後頭部の骨の破片を新たに発見しており「国家の貴重な財産のため、実物は地下倉庫に厳重に保管している」(博物館職員)という。

 頭蓋骨化石の行方を巡っては「日本軍が戦利品として本国に持ち帰ったが空襲で焼けた」「秦皇島など中国国内のどこかに隠されている」など、さまざまな説が伝わっている。「移送途中で盗まれ、不老長寿の薬として粉々に砕かれた」「ハリソン号はおとりで、別の船でハワイに輸送されたが、真珠湾攻撃に巻き込まれて沈んだ」…。小説のようなうわさ話もある。

 戦後、中国では化石の捜索が繰り広げられた。

 2005年には、周口店遺跡がある房山区政府などが専門委員会を設置して情報を収集。翌年、国内外から107件の情報が寄せられ、①移送前に保管されていた北京の医学院で目撃した②米軍が駐留していた天津市の病院の地下室で頭蓋骨を詰めた可能性がある箱を見た③日本の皇居の地下室に保管されている―の三つを「有力情報」として捜索を継続していくと発表した。

 この他に注目されたのが、化石は日本軍に奪われ、太平洋戦争末期の1945年4月に台湾海峡で米軍潜水艦に撃沈された日本の大型貨客船「阿波丸」に積まれていた―という説だ。

 化石の行方を研究した作家の李樹喜氏はかつて、中国メディアに「米政府から提供された資料を分析した結果、阿波丸に頭蓋骨化石が積まれていた可能性が高い」と証言している。中国は77年に阿波丸の引き揚げに挑み、船員の遺骨や積まれていたスズの塊などを発見したが、当時の潜水技術の限界もあり、化石を見つけることはできなかったという。

 ■戦争の波に消え

 強い海風がこんぺきの海に白波を立てる。「阿波丸が沈んだのはあの辺だといわれています」。北京から南へ約2千キロ。阿波丸引き揚げの作業基地となった福建省・平潭島(海壇島)の岬で、地元の男性が沖を指さした。島は普段から風が強く、あちこちに風力発電施設があった。

 中国メディアによると、2005年に専門家が政府と民間の協力を得て2度目の阿波丸引き揚げ作業を計画したとされるものの、その結果に関する報道は見当たらない。計画に携わった李氏の連絡先を調べ、引き揚げ作業について情報を求めた。だが、李氏から返事はなかった。

 日中戦争と太平洋戦争。日本が引き起こした二つの戦争の荒波にのまれた人類史の貴重な証人は今、どこに眠るのか。戦争の愚かさを思い、米中対立で緊張が高まる台湾海峡が穏やかであり続けることを願った。

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