メルケル氏引退 協調導く対話を継承せよ

 まさに「欧州の顔」の交代である。ドイツの新政権発足に伴い、首相だったメルケル氏が政界を退く。自由や人権を尊び、債務危機や難民流入といった数々の難題も対話で乗り越えた政治指導者と記憶されよう。

 4期16年の在任中、世界は経済格差の拡大や新型コロナウイルスの流行で不安が広がり、強権的な男性の政治指導者が目立つようになった。その中で、正しい道とは何かと熟慮を重ね、協調を唱え続けるドイツ初の女性宰相は異彩を放った。

 ギリシャに端を発した欧州債務危機ユーロ圏を守り、ウクライナ危機ではロシアのプーチン大統領と渡り合い、停戦を実現させた。内政の決断も印象深い。福島原発事故の後、脱原発へエネルギー政策を転換させ、大量の難民が欧州に押し寄せた問題では世論の強い反発に屈せず国境を開いた。

 揺るがぬ信念は旧東ドイツの厳しい統制社会を生きた経験に根差している。昨年3月、新型コロナ禍を受け、国民に行動制限を求めた演説でこう語った。

 「移動の自由が苦難の末に勝ち取られた権利だという経験をしてきた私のような人間にとって絶対的な必要性がなければ正当化し得ない」

 国民の不安に乗じた大衆迎合とは一線を画し、言葉を尽くし理性的な解決を図る。近年、国民への説明をないがしろにしがちな日本をはじめ、各国の指導者が手本とすべき姿勢だ。

 後任のショルツ首相は堅実で安定感に定評がある。協調を導く対話重視の姿勢はぜひ継承してほしい。ナチ時代の反省から戦後、政治的には控えめだったドイツをメルケル氏は「欧州の盟主」に導いた。その遺産を生かした国内の安定や欧州連合(EU)の結束が課題となる。

 新政権は第1党で中道左派の社会民主党を軸に、環境保護重視の「緑の党」と経済界に近い中道の自由民主党の連立だ。気候変動対策や格差是正に力を入れ、前政権よりリベラル色が濃い政策を進めるだろう。

 外交は多国間主義を踏襲し、日本との関係強化を掲げた点は歓迎したい。中国には人権や公正な競争の観点から厳しい姿勢で臨むとみられる。ただ、米欧と中国・ロシアの対立を先鋭化させない努力は求めたい。

 日本にとってもう一つ重要なのは、新政権が来年3月の核兵器禁止条約締約国会議にオブザーバーで参加する方針に転じたことだ。米国の核抑止力に頼る同じ立場の日本は、この問題でも新政権と連携できるはずだ。

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