日が沈んでも野球少年と続けた対戦…工藤前監督が被災地に通った理由

 プロ野球ソフトバンクを7年間で5度日本一に導いた工藤公康氏(58)が今季限りで退任した。希代の名将は野球にとどまらず、被災地を何度も訪れて子どもたちとの交流を図るなど、九州に大きな財産を残した。

 2016年の熊本地震の被災地に、プロ野球選手を目指す中学生がいる。熊本県西原村の西原中3年の山岡朝陽(あさひ)さん(15)。高校入試に向けて猛勉強中だ。「夢のためにまずは希望の高校に合格すること。頑張っています」。小学6年だった19年1月。本気でプロを志すきっかけになった出会いがあった。

 工藤氏が参加した野球教室。「ナイスバッティング!」。工藤氏が全力で投じた軟式球をヒットにすると、よく通る声で褒められた。「球は切れがあって速かった。声を掛けていただき自信がつきました」

 地震直後の16年7月21日、工藤氏は初めて被災地に足を運んだ。監督就任以前にも東日本大震災の被災地を訪問。「『今日、こんなことがあったんだよ』と子どもたちが食卓で話すだけで、少しでも家庭が明るくなると思うんだ」。九州でもオフに被災地を訪れ、野球教室で毎回投手役を買って出た。

 西原村との間には強い絆がある。初めて訪れたのは17年1月。「西原村学童野球クラブ」が使用していたグラウンドは熊本地震後、がれき置き場となった。代わりの練習場は、保護者らが畑の一角を改造した臨時グラウンド。その光景に「逆境をはね返すんだという気持ちを教えられた」と言う。子どもたちとは毎年、お互いの優勝を約束しあう間柄となった。

 初訪問時に小学6年だった山岡太陽さん(17)は「予定の倍の4時間ぐらい教えてくれました」と感謝する。現在は熊本・秀岳館高でプレー。1番中堅で出場した今秋の九州高校野球は初戦で敗れたが「甲子園に絶対出るという思いで、冬季練習を必死に頑張ってます」と力を込めた。

 17年の九州豪雨被災地の大分県日田市や福岡県朝倉市も含め、1日で3県3会場を回って野球教室を開いたこともある。毎回参加者全員と「対戦」するため、予定時間を大幅に超え、日が沈んで真っ暗な中でも腕を振った。「俺の肩なんてどうなってもいいんだよ」。監督在任中に「打者」として対した子どもたちは、400人をはるかに超える。工藤氏の残した財産は、九州各地で温かな光を放っている。

(倉成孝史)

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