「最もこだわったのは、着地」内村引退会見の一問一答

 体操ニッポンのエースとして2012年ロンドン、16年リオデジャネイロ両五輪で男子個人総合2連覇などを果たした長崎県諫早市出身の内村航平(33)=ジョイカル=が14日、都内で引退会見に臨んだ。引退会見での主なやりとりは次の通り。

 -今の心境は。

 「僕の中では、重くもすっきりとも捉えていない。よく分かっていないというのが一番の心境」

 -体操で最もこだわってきたことは。

 「着地。世界チャンピオン、五輪チャンピオンとして止めるのは当たり前と思ってやってきた。(昨秋の)世界選手権の最後も、どういう演技でもいいので着地は絶対止めてやるという気持ちでやれた。最後の意地を見せられた」

 -印象に残る演技は。

 「2011年に東京で開かれた世界選手権の個人総合決勝は、朝から試合が終わるまで全て思い通りの感覚だった。あれは一生出せない。(16年の)リオデジャネイロ五輪個人総合決勝の鉄棒は五輪の体操の歴史に残せる激闘。オレグ(ベルニャエフ)選手(ウクライナ)と2人で五輪会場を支配できた雰囲気を感じられた」

 -リオ五輪後、けがなどで5年間苦しんだ。

 「体操を突き詰めていくことを考えると、一番濃い5年間だった。栄光も挫折も経験できたのは、今後人に伝えていく立場からすると貴重な経験をさせてもらった」

 -内村選手にとって五輪とは。

 「自分を証明できる場所だった。世界選手権でチャンピオンになり続けても、果たして自分は本物のチャンピオンか疑い続けた。五輪でそれを2度も証明できた」

 -自身の名を冠した技はできなかった。

 「未発表の技は何個かあるが、個人総合でトップを維持するために技をやることをやめた。それだけ個人総合を誇りに思ってやってこられたからこそという証明になった。技名を一つ残すよりもすごいことをやってこられたので、誇りを持てている」

 -体操界に残せて良かったと思うことは。

 「結果を残すことで他競技の選手にも尊敬される存在になれたのは非常にうれしかったけど、別に残したものじゃない。新しくプロの道をつくれたことや体操に可能性がまだまだあることは示せたけど、何を残せたかというと分からない」

 -今後演技者としてどう体操を追求するか。

 「技のやり方には答えがなく、答えがない中で理想のやり方がある。ルールも五輪ごとに新しくなる。流行の技、こういうことをやった方がいいという技を研究したい」

 -今後の予定は。

 「これを絶対やりたいという一つのことはなく、体操に関わる全てのことをやっていけたら」

 -体操競技にどんな言葉を掛けたいか。

 「ありがとうという軽い言葉じゃ感謝を伝えられない。3歳からやって、体操というもので内村航平がつくられた。感謝を返していかないといけない。体操に対して世界で一番僕が知っている状態にするため、ずっと勉強し続ける。極めるという次元よりもっと上のところまでいきたい」

 -後輩たちに提言を。

 「小さい時から父に体操選手である前に一人の人間としてちゃんとしていないと駄目だと言われ続けてきた。大谷翔平君も羽生結弦君も人間としての考え方が素晴らしいからこそ、国民から支持される。高い人間性を持った体操選手であってほしい」

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