一緒の時間は短くても別れはつらい…子どもたちが私を「母」にする

里親になるということ(3)

 5年前の冬。ユキちゃんは生まれた病院からそのまま、児童相談所(児相)の職員に抱かれてマユミさん(44)=福岡市=の家に来た。生後7日。黄疸(おうだん)で顔はまだ少し黄色く、ほんわかとミルクの香りがした。預かる期間は1カ月。最初の健診が終わったら、県外にいる親族が引き取りに来るという。マユミさんが里親に登録して9カ月。初めて預かる里子だった。

 マユミさんが里親になろうと思った時、一番に考えたのは2人の実子のこと。当時、長男は小3、長女は小1。焼きもちは焼かないだろうか。夫(44)と相談し、受け入れる里子は2人より年下の未就学児、期間も1年までとした。

 両親の心配をよそに、2人はユキちゃんが来たその日から「かわいい、かわいい」の大合唱。特に長女はユキちゃんが泣けば誰よりも早く駆けつける。1人でおむつを替えようとして、部屋中がうんちまみれになったことも。3時間おきの授乳はきつかったが、「私が」「僕が」と競うようにお手伝いしてくれる2人に何度も助けられた。

 迎えた1カ月健診の日。ユキちゃんに真新しい白いベビードレスを着せた。「生まれてすぐ、たくさん愛されたんだよという形を残そう」。夫がそう提案し、夫婦で選んだプレゼント。

 病院には親族が迎えに来ていた。健診を終え、ユキちゃんを手渡した。「ありがとうございました」。親族はそう言って泣いた。マユミさんもわんわん泣いた。

    *   *

 これまでにマユミさんが預かった里子は11人。大半は赤ちゃんだ。短い子で2泊3日、長い子で1年。正式な措置が決まるまでの「一時保護」や、育児に疲れた実の親に休息してもらうための「ショートステイ」など事情はさまざま。

 児相からの連絡はいつも突然だ。「明日から」と言われれば、急いでおむつや服を買いに行く。預かる間は、お盆もお正月も、結婚式もお葬式も、「家族」として一緒に連れていく。

 少し勝手が違ったのは3カ月預かった4歳のミキちゃん。2年生になっていた長女の持ち物を何でもほしがり、けんかばかり。実の親の存在もしっかりとある。“わがまま”にどこまで応えてあげるか、悩んだ。

 ミキちゃんがマユミさんを独り占めできる時間を意識してつくった。保育園にも通わせた。お祭りやプール、いろんなところに遊びに連れていった。「楽しく遊んでいたら、本当のママが迎えに来た」。そう思ってほしかった。

 「ミキ、今日は頑張ったよね?」。それがミキちゃんの口癖だった。マユミさんは言った。「『頑張った』じゃなくて、『楽しかった』でいいんだよ」

 どの子とも、別れの日はつらい。一緒に過ごした時間がどんなに短くても、毎回涙が止まらない。中には、マユミさんの手から子どもを奪い返すようにして無言で立ち去る実親もいる。その気持ちも分かる。見返りは求めてはいけない。分かっていても、つらい。

    *   *

 今、マユミさんの家にはマイちゃん(3)がいる。預かって1年。もうすぐ実親の元へ帰る。つい最近、「マイちゃんには『ママ』が2人いるんだよ」と話して聞かせた。

 里親になりたてのころ、マユミさんは里子を預かるたび、「この子の母親にならないといけない」と気負っていた。でも違った。「私が母親になるんじゃない。子どもたちがいつも私を母親にしてくれる」

 「ママー、ほうちょう、とってくださーい」。リビングでおままごとをするマイちゃんの声が、今日も響いている。 (文中仮名)

 (本田彩子)

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