【日高逸子物語】立ちはだかった「デカペラ」の壁、A級から転落

水上のグレートマザー日高逸子物語(37)

 平成が幕を開けた1989年、競艇界の流れを大きく変えるルール変更が行われた。その波はやがて、絶好調だった日高逸子の前に立ちはだかる壁となった。

 それまで選手たちはレースごとにエンジンとプロペラをセットにして抽選で割り当てられていたが、この時からプロペラを個人の持ち物としてレース場に持ち込めるようになった。つまり、事前にプロペラを加工することができるようになったのだ(現在はさらにルール変更されている)。

 この「選手持ちペラ制度」に目を付けたのが、愛知県出身の沢田菊司だった。当時、プロペラは...

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