首相が求めた韓国次期大統領の“リーダーシップ”とは 早稲田大大学院の李鍾元教授に聞く

東京ウオッチ

 韓国次期大統領には、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が就任することが決まった。日韓関係は冬の時代のさなかにあるが、岸田文雄首相は「次期大統領のリーダーシップに期待したい。両国の関係改善のために新大統領と緊密に協力していく」とメッセージを送る。韓国の政権交代により、最大の「とげ」となっている元徴用工、元慰安婦を巡る問題に好転の兆しはもたらされるのか。東アジア政治を長年見つめてきた早稲田大大学院の李鍾元(リー・ジョンウォン)教授(68)に、今後を展望してもらった。

首相発言の真意

 岸田首相が日韓関係改善に向けて、前向きな発言をしています。私は「韓国次期大統領のリーダーシップ」という部分が、キーワードだと思っています。深読みすると、岸田政権が韓国にリーダーシップを求めているのは元徴用工訴訟への対応でしょう。

 《訴訟は、日本の植民地時代に労働を強いられたとして、韓国人元徴用工らが日本企業に損害賠償を求めた。韓国最高裁が2018年、賠償支払いを命じる確定判決を出したことを受け、差し押さえられた日本企業の資産の売却手続きが進んでいる。仮に売却まで至れば、「さらなる日韓関係の悪化は避けられない」(自民党重鎮)との声が強い》

 この問題は、日韓間で大きな隔たりがあります。日本は「1965年の日韓請求権協定で問題は解決済みであり、賠償には応じられない。元徴用工訴訟は、韓国側が処理すべき問題だ」というのが基本的立場です。

 一方、韓国では、司法が「植民地支配は不法」との前提に基づき、日本企業に賠償を命じました。韓国側は「立法、行政、司法の独立を原則とする『三権分立』により、行政が司法を力ずくで押さえ込むことはできない」と主張しています。文在寅(ムン・ジェイン)政権は「元徴用工訴訟の判決の背景には韓国の世論がある。世論を納得させるためにも、解決には日本側の協力が必要だ」と協議を求めてきたのです。これまで韓国側は、解決に向けた複数の案を打診したとの話もありますが、日本側は応じていません。

 こうした経緯を踏まえると、岸田首相が使った「リーダーシップ」という言葉はやはり、「元徴用工の問題は、自分たちで決断して何とかしてください」と重ねて韓国側に伝えている。そう見るのが自然でしょう。

文氏は反日だったか

 日本ではよく、韓国の革新政権は「反日」、保守政権は「親日」というイメージで語られます。元徴用工の問題は「革新の文在寅政権が反日だったから、こんな状況に陥った」「文政権が支持率浮揚などに利用している」との声もありますね。

 ただ、元徴用工や元慰安婦の問題が始まったのは、保守政権である李明博(イ・ミョンバク)政権=2008~13年、朴槿恵(パク・クネ)政権=13~17年=の時代なのです。独島(※日本名は、島根県・竹島)に上陸した大統領は李氏だけだし、朴氏は「元慰安婦問題が解決しない限り、日本との首脳会談はしない」という強硬路線でした。韓国は常に国益で動いており、保守や革新という単純な色分けはあまり意味がないと思います。

 また、文政権は、15年の元慰安婦に関する日韓合意も破棄していません。安倍晋三政権と朴政権が結び、従軍慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」を確認したこの合意は、早急かつ(プロセスが)「密室」でした。当初から韓国では賛否両論がありましたが、「日本では、合意は少女像の撤去と日本側が拠出する10億円のバーターだという論調がある」との報道が伝わると、韓国世論は「お金の問題か」「撤回せよ」などと一気に逆風に振れました。文氏は大統領になった後、日韓合意を検証するタスクフォースをつくりましたが、「政府合意なので再交渉も撤回も求めない」との結論に至っています。

 《とはいえ、韓国が設立した元慰安婦の支援財団は解消され、合意は空文化した。日本側は、合意文書の履行を求め続けている》

 私は当時、元慰安婦に関する日韓合意の文書を目にして「苦労して作り上げたな」と感じ、評価しただけに、不幸な経過をたどってしまったと残念に思っています。

尹錫悦次期大統領への期待

 検事総長出身の尹錫悦氏は、外交の経験、見識がないことが不安要素ではありますが、今回の大統領選挙中、「日韓関係は大事だ」「自分は関係を修復する」と主張してきました。具体的には、1998年に金大中(キム・デジュン)大統領と小渕恵三首相が未来志向の関係をうたった「日韓共同宣言」に基づき、「歴史、安全保障、経済を包括して、外交交渉で取り扱いたい」と言っています。仮に尹氏が元徴用工の問題の解決を決断し、力ずくで動こうとしたら、韓国内で相当な反発が起こる可能性があります。

 逆に言えば、尹氏も日本側に対して期待するところがあるかもしれません。日本が、尹氏の保守政権への政権交代を好感し、(元徴用工の問題を処理できるよう)助け舟を出してくれるのではないか、という期待感です。(保守色の強い)安倍政権では、日韓の歴史の問題を協議に盛り込むことはあり得なかったが、岸田政権は柔軟な姿勢を見せて応じてくれるのではないか-。岸田首相と同様に、尹氏も相手のリーダーシップを求めているのです。

日本側の選択は…

 岸田首相の選択肢は二つあります。安倍元首相がつくり上げた従来の日韓外交の方針を堅持することが一つ。大局的な見地で従来の方針を変え、協議に応じることがもう一つ。後者を選べば、安倍外交と違う道を探ることになります。

 夏の参院選で勝利することになれば、岸田政権も本格政権になるでしょう。日韓双方とも新政権になったことを契機とし、仕切り直しになる可能性も十分にあります。現在は、互いに「日韓関係の改善」と言葉が先走っている段階ですが、具体的にまずは、日本の外相と駐日韓国大使の面会など通常の外交が復活することを望みたい。

 ロシアのウクライナ軍事侵攻により、中国の動向に対する懸念も日韓両国で高まっています。今回の侵攻で分かったのは、米国の力は限定的だということ。それを補うには、安定した多国間の安全保障の枠組みを作らないといけません。その時に日本は韓国、韓国は日本が必要です。私は、関係改善に向けた両首脳のリーダーシップに期待したいし、それが鍵だとも思っています。

(聞き手・井崎圭)

 李鍾元(リー・ジョンウォン)氏 1953年、韓国生まれ。ソウル大で学んだ後、82年に来日。88年、東京大大学院法学政治学研究科修士課程修了。現在は、早稲田大大学院アジア太平洋研究科教授、早稲田大韓国学研究所所長。専門は国際政治学、現代朝鮮半島研究。共著に「戦後日韓関係史」など。

 

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