ヘルメットの下から見た世の中は…交通誘導員30年「テレプラ」に込めた思い

 手旗を翻し、工事現場などで車両を誘導する交通誘導員の男性から、ささくれだった人々の心を憂える声が「テレプラ」に届いた。現場に立ち続けて30年。福岡市早良区の川井春水(はるお)さん(72)がヘルメットの下から見た世の中を語る。


3月18日付で掲載されたテレプラ「交通誘導の指示に従って」
 路上の工事現場で片側車線を止めて、もう片側の車を誘導するガードマンを15年近くやっています。コロナ下のいらだちのせいか、最近はドライバーからよく怒声を浴びます。
 「なんで止めたのか」「向こうの車線を止めんか」「そこをどけ」。男性も女性もです。私の目の前で急停止したり、制止を突破したりする車もあり、危険を感じることも少なくありません。
 車を止める時は常に申し訳ない気持ちで、頭を下げるようにしています。警察官のような権限はないので、低姿勢でお願いするしかありません。
 私たちは安全を最優先しています。指示に従ってもらうよう、自動車教習所や免許更新の際に啓発してもらえませんか。(福岡市早良区、男性)


 ゴールデンウイークの晴天の日、川井さんは市内の路上にいた。道路工事で片側通行となった車道を誘導する。同僚とトランシーバーでやりとりしながら手旗を振り、一時停止を求める時は深々とお辞儀。「僕たちは神様でもなんでもないけんね。頭を下げてお願いするとです」

 同市・大名で生まれた。6人きょうだいの5番目。英語が堪能な父英俊さんは戦後、進駐軍でにぎわった中洲のナイトクラブを譲り受け、喫茶店を経営。家にはいつも母勝子さんが弾く琴の音色が流れていた。

 父は60歳で喫茶店を畳み、その後は自宅で保険代理店を営んだ。契約者から事故の連絡があれば昼夜を問わず飛び出し、家の近くで事故があれば駆け付けて誰彼なく世話を焼いた。

 春水さんも大学卒業後、保険業に携わり、31歳で父の会社を継いだ。父は亡くなる間際、病床に春水さんを呼び「通夜や葬式には出るな。店を休むことは許さん」と戒めたという。

 遺命の通り、春水さんは懸命に働き、店は常に千件以上の契約を抱えた。だが43歳の時、従業員による横領が発覚。自己破産に追い込まれた。信頼していた部下に裏切られたこと、何より父の店を守れなかったことがショックだった。

 以来、交通誘導員として働く。現場はさまざまだ。筥崎宮やペイペイドームなどの警備をしたこともある。同僚と反りが合わなかったり、通行人に心ないことを言われたり。ある現場で政治家から犬を追うように手であしらわれた時は、そのまま部下を連れて仕事をボイコット。後日、全員分の日給を自腹で支払った。

 つらくて、死を思ったこともある。そんな時、ノートに書きためた生前の父の言葉を読み返す。お気に入りは「受けた恩は石に刻み、かけた恩は水に流す」。思えば父も度々借金を踏み倒されては「だますより、だまされた方がましたい」と笑っていた。つくづく親子だなあと思う。

 気付けば古希を過ぎた。思うように体は動かず、覚えも悪くなった。昨年、5人目の孫が生まれた。うれしい出費は惜しみたくない。妻の誕生日や記念日にはこれからも花やケーキを贈るつもり。「まだ頑張らんばね」。老骨にむち打ち、もう一踏ん張り。

(竹添そら)

 

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