川底から70年ぶり「幻の鉄路」 戦時の弾薬引き込み線、福津・西郷川

 しゅんせつ工事中の西郷川(福岡県福津市)の河床から、戦時中に建設された鉄橋の橋脚と橋梁(きょうりょう)の一部が姿を現した。九州北部に大きな被害をもたらした1953年6月の水害で流失しており、約70年ぶりに出現した「幻の鉄路」だ。

 福間町史などによると、43年に上西郷村(現福津市上西郷)に陸軍から弾薬庫を作りたいと協力要請があった。村は約100ヘクタールの土地を提供し、弾薬庫や作業舎、兵舎が建設された。

 翌44年には当時の国鉄福間駅から弾薬庫入り口までの引き込み線が敷かれ、宗像中と宗像高等女学校(現宗像高)の生徒たちが学徒動員で働いていたという。

 弾薬は、大刀洗航空隊用で米軍の目を欺くため遠く離れた農村に建設されたとみられる。45年の終戦と同時に弾薬庫は閉鎖され、翌年には引き込み線も撤去された。53年の水害で西郷川は氾濫し、残されていた鉄橋も流失。長らく忘れ去られていた。

 上西郷の弾薬庫跡と、鉄道のプラットホームの一部は現存している。鉄道愛好家で福津市情報化推進課長の藤井雄一さんが、引き込み線跡地を調査。鉄橋は、宗像水光会総合病院(福津市日蒔野)前の西郷川にあり、病院の対岸の土手には鉄橋の基部とみられる構造物も確認できる。

 藤井さんは「戦争の遺物としても、水害の記憶としても貴重な資料。歴史を感じてほしい」と話している。

 (床波昌雄)

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