【提論2022】日本の安全保障 平野啓一郎さん

◆軍事危機だけにあらず

 ロシアによるウクライナ侵攻後、日本でも防衛予算の増額を巡る議論が活発化している。「日本を取り巻く安全保障環境は深刻さを増し、……」とは、政治家だけでなくメディアも決まり文句のように連呼しているが、しかし、この言葉は、もう10年近く繰り返されており、いつと比較して、何がどう深刻になったのかは甚だ曖昧である。内容も、中国を念頭に置いているのか、北朝鮮か、ロシアかと、その時々で変化している。

 「核共有」などという主張はおよそ非現実的だが、防衛予算増額に関しては世論の中に支持する声もある。しかし、その根拠は何であろうか?

 2015年の安保関連法について、安倍元首相は「戦争を未然に防ぐ」と、その意義を強調していた。そして今、「核共有」と防衛費の大幅増額を主張しているが、それは、安保法の必然的帰結なのか、それとも結局、安保法では不十分であり、今になって急に不安になってきたのか?

 昨今の防衛費の増額主張は、ほとんど自主防衛路線へとかじを切ったかのような内容だが、一体、彼らは、日米同盟をどう捉えているのだろうか?

    ◆   ◆ 

 日本の防衛支出は、2020年の段階で世界9位であり、GDP比2%を目指すなら、5兆円規模の巨額の上積みとなり、世界第3位水準となる。30年にもわたって経済が停滞し、人々の生活が苦しくなり、国際的なプレゼンスも低下し続けている中で、そんな軍事大国化を国民は本当に求めているのだろうか?

 言うまでもなく、防衛支出世界一は米国である。日米同盟を基本に考えるならば、日本単独での防衛支出のさらなる増加の意味は何なのか? 自主防衛路線に転換し、今後、中国と本気で軍拡競争を行うなどというのは、世界平和の理想にもとるだけでなく、あまりにも非現実的である。

 「敵基地攻撃能力」も「先制攻撃」も、ましてや敵国の「中枢攻撃」も、当然、最初の一撃で相手の攻撃能力を壊滅させることなど不可能であり、一度、始めてしまえば、その後は泥沼の報復合戦となる。これは、ほとんど真珠湾攻撃の精神を引きずっているかのような無謀な発想であり、その場合、果たしてどのような戦争終結シナリオが思い描かれているのだろうか?

    ◆   ◆ 

 安全保障に危機感を覚えるならば、重要なのはまず外交努力であり、周辺国との関係改善である。外交に関して、対ロシア、対北朝鮮、対中国、対韓国と、いずれも失敗した挙げ句に、今や頼れるのは軍事力のみとなるのは、亡国的な発想である。

 脅威とは、武力行使の動機と実利を相手国に与えるかどうかであり、「歴史戦」などと称して、歴史修正主義的な主張を各国で繰り広げ、日本を極右国家と認識させてしまうことは、安全保障上の大問題である。日本が貧しい自国崇拝的な軍事国家となり、戦争当事国となったとして、果たしてどう国際社会の支援を取りつけるのであろうか?

 失政の度(たび)に、「敵」は国外にあると近隣諸国に目を向けさせられてきたが、私たちが直面している切実な危機は国内に、あるいは地球規模にこそ存在している。

 安全保障だけでなく、何故(なぜ)、「格差拡大が深刻さを増し、……」と言わないのか? 「少子化が深刻さを増し」、「気候変動が深刻さを増し」、「日本の低賃金が深刻さを増し」、「大学の研究環境の悪化が深刻さを増し」、日本は正念場を迎えている。ミサイルが飛んでくる前に、目の前で追いつめられてゆく命がある。

 現実を直視した予算配分が行われなければ、日本はどこの国に侵略されることもなく、自滅するであろう。

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