【究極の鉄道旅行❶】定期預金を解約してでも…9月22日までに果たすべき「夢」

 目的地へ早く、簡単に、快適に向かう。通常の旅では当たり前のことだ。JR各社や旅行会社も、それを前提とした割引切符や商品を発売している。

 鉄道ファン、特に列車に乗ること自体が好きな「乗り鉄」と呼ばれる人間は違う。列車や路線をいかに長く、存分に堪能するかに重きを置く。

 そんな乗り鉄たちが憧れつつも、実行をためらう「究極の鉄道旅行」がある。全国に広がる路線網に最も長く乗ることができるルートを指定して切符を購入し、実際に乗車する挑戦。「最長片道切符の旅」と呼ばれる。

「最長片道切符の旅」

 いつか、やってみたいなあ。乗り鉄の端くれの私(32)も、中学生の頃から思っていた。2004年にNHK番組「列島縦断 鉄道12000km 最長片道切符の旅」を見たのがきっかけだった。俳優の関口知宏さんが途中下車しては全国各地の土地の名物を楽しみ、人々と交流している姿がうらやましかった。

 当然、簡単にはできない。まず、お金の問題。“先駆者”たちがインターネット上に残した記録によれば、少なく見積もっても30万円はかかるらしい。大学生までの私には、とても無理だった。

 社会人になると今度は、時間が壁となった。関口さんは1カ月半をかけてゴールしていた。そんな長期の休みを上司に願い出る勇気は持てない。ネットやSNS(交流サイト)を検索しても、「最長片道切符の旅」の旅行記をつづっているのは、YouTuber(ユーチューバー)や大学生といった人たちが目立つ。比較的、時間に自由がきくからだろう。

 それでも、私は夢を諦められなかった。それどころか、今年の9月22日までに何としてもやり遂げる必要が出てきた。

ルートは「一筆書き」

 最長片道切符の旅の目的は、特別に発行してもらった1枚の切符で、できるだけ長い区間を乗ること。さまざまな路線を利用して、東西南北を行ったり来たりして進んでいくようなイメージだ。

 一つの駅を2回通ると、切符は2枚に分かれるのが鉄道会社の基本的なルール。だから、旅のルートは自ずと「一筆書き」になる。例えば、四国に入ると、出ることはできない。本州から列車で四国に入るには、通称「瀬戸大橋線」と呼ばれる路線に乗るしかないため、四国から出る際に一筆書きが終わってしまうのだ。

 では、どこを出発し、どこにたどり着くのが「最長」の区間なのか。

 JRの運賃規則の解釈や、私鉄を経路に含めるか否かといった「流儀」により、最長片道切符の定義は異なる。実際、それを巡る主張や議論は、今日もインターネット上をにぎわせている。

 「JRの列車(代行バスを含む)のみ利用する」というポピュラーな定義に従うと、その区間は日本最北端の稚内駅(北海道)から、佐賀県江北町の肥前山口駅まで、とされている。北海道から東北、関東、中部、関西、中国を複雑に駆け巡り、四国には入らずに九州にたどり着く行程となる。

 「されている」というのは、JRが明確に定義づけているのではなく、全国の乗り鉄や数学研究者たちが長年にわたって計算や試行錯誤を繰り返し、たどり着いた一つの答えに過ぎないからだ。

時間とお金の壁を克服

 私は江北町で生まれ、10歳までを過ごした。肥前山口駅は長崎線と佐世保線の分岐点。特急の車両が連結する様子を見るのが好きだった。ゆっくり、ゆっくりと二つの車両が近づき、なるべく揺れないように「ガチャン」と結びつく。職人芸に近いのだろう。鉄道ファンになった原点とも言える駅が最長片道切符の旅の終点であることを誇らしくも思っていた。

 ところが、肥前山口駅は、9月23日に西九州新幹線(武雄温泉-長崎)が開業する影響で、最長片道切符の終着駅でなくなることが決まった。新たにゴールとなるのは、西九州新幹線の停車駅として開業する長崎県大村市の新大村駅という。

 さらに、江北町のPRを目的として駅名が「江北駅」に改称される予定だ。うかうかしていると、長年親しんできた「肥前山口駅」をゴールとした最長片道切符の旅は永久にできなくなってしまう。

 熟慮の末、時間とお金の壁も克服する方法を考えた。まず、時間の問題。長い休日を一度に取るのではなく、大型連休や通常の休日を上手に使って断続的に旅をすることで解決する。数日間の休みが終わるたびに飛行機や新幹線で福岡に戻って勤務し、次の休みが始まる際に同様の手段で中断した駅に舞い戻る。これを繰り返し、計25日間で旅を終える日程を組むことにした。やや常軌を逸した手法だがやむを得まい。

 資金は、定期預金を一部解約することでまかなう。その代わりと言っては何だが、日々の生活をなるべく切り詰めることにした。ほとんどしたことのない自炊を始め、家でご飯も炊く。料理は不得意なので、ふりかけやノリの佃煮だけで食事を済ませることも増えた。これもやむを得ない。日本初の鉄道が1872(明治5)年に開業して今年で150年。この大きな節目にも、背中を押された。

 条件は整った。あとは実行するだけだ。

駅員も驚く複雑な経路

 4月5日。私は「最長片道切符」の経路を印刷した紙を握りしめ、博多駅のみどりの窓口に並んでいた。A4判にして6枚。複雑で異様な経路をたどる切符を自動の券売機で購入することはできない。特別に発行してもらう必要がある。

 スタートの予定日は10日後の4月15日。北京五輪が開かれた2月、官公庁人事があった年度末、参院選が行われる夏などの繁忙期を避けた。なかなか踏ん切りがつかず、ほとんど直前になってしまった。ここまで大きな決断をしたのは、シベリア鉄道でユーラシア大陸を横断したとき以来だろうか。

ロシア極東とモスクワを結ぶシベリア鉄道の特急「ロシア号」。6泊7日かけて乗り通した=2013年2月

 15分ほど待ち、順番が回ってきた。「複雑な経路の切符なんですが…」。6枚の紙を窓口の台に置くと、明るい声で「大丈夫ですよー」と応じた男性駅員の眉間にしわが寄った。ええい、ここは勢いで押し通そう。「『最長片道切符』をお願いしたいのですが」。駅員は「これが『最長片道切符』のルートですか! すごいですねー」と驚いた後、奥の事務室へ入っていった。

 全国を複雑に駆け巡るルートが1枚の片道切符で発行できるかを厳密に確認するのには、大変な手間がかかるだろう。やっぱり無理です、注文は受けられません、と言われたらどうしよう。不安を感じつつ待っていると、2、3分で戻ってきた。「ご注文を承りましたので、電話に出られるようにしておいてください」。よかった! とりあえず第一関門はクリアした。「よろしくお願いします」と頭を下げ、駅を後にした。

¥91300、55日間

 1週間後、博多駅から電話があった。「切符のチェックが終わりました。いつ受け取りに来られますか?」。出発予定日の3日前。一も二もなく答えた。「今日受け取りに行きます」

 駅で受け取ったのは、見たこともない切符だった。

博多駅で購入した「最長片道切符」。お値段は9万1300円

 緑色で、サイズははがきより一回り小さい。手書きで「稚内」と「肥前山口」の駅名が書き込まれ、値段の欄には「¥91300」。有効期間は「55日間」とあった。A4判の紙が添付されており、すべての経路と駅が打ち込まれていた。通常の切符では、入りきるはずがない量だ。

 これが「最長片道切符」なのか…。

 無事、ゴールできるかどうかは分からない。だけど、ここまで来たなら、やるしかない。心は決まった。

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