米国のネットオークションに小さな位牌…「甲斐正男」さんはどこに

〈遺留された戦争 たどる・つなぐ〉小さな位牌㊤

 「この牌(いはい)をご遺族の元に返してあげたい。協力してほしい」。第2次世界大戦で兵士の遺留品の持ち主を探す活動をしているNPO法人「キセキ遺留品返還プロジェクト」(米国、キセキ)から今年4月、西日本新聞「あなたの特命取材班(あな特)」に依頼があった。小さな木製のはいには「故 陸軍上等兵 甲斐正男之霊」と書かれている。太平洋戦争で命を落とした兵士の名を刻んだ遺留品は戦後、米国に渡っていた。

(左)名前と肩書が記された木製の位牌(右)裏には戦死した日付が記されている(キセキ提供)

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 位牌は、インターネットのオークションに出品されていた。ノースカロライナ州の60代女性が所有していたもので、兵士だった父が亡くなり、遺品の整理中に出てきたという。キセキが昨年12月に発見して保護のため落札し、女性に事情を聴いた。

 元兵士は1943年6月から45年7月までニューギニア島や周辺に滞在。その後フィリピンのマニラにも2カ月ほどいた。「この時に持ち帰ったものと思うが、由来は聞いていない」と女性は語ったという。

 位牌は縦6センチ、幅3.5センチほどで一般的なものに比べるとかなり小さい。裏には「昭和十八年三月三日戰死」とある。「祖国から遠く離れて落命した甲斐さんを弔うために別の兵士が戦地で作ったものでは」とキセキ代表のジャガード千津子さんは推察する。厚生労働省の遺留品調査の窓口に問い合わせたが「位牌は本人の遺留品とは言えず調査の対象外」として協力を得られなかったという。

 「甲斐」姓は宮崎、大分、熊本など九州に比較的多い。またニューギニア戦線には多くの九州出身者が参加していた-。こうした背景からキセキは九州に拠点を持つ本紙の「あな特」に連絡を取った。

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 記者はまず、県出身の戦没者で該当する名前の人物がいないか宮崎県に問い合わせてみた。旧陸軍の県出身者に関する資料はあるが「戦没者の名前は個人情報となるので、情報提供できない」(同県指導監査・援護課)とのこと。いきなり個人情報の壁に当たった。自治体に聞くのは難しそうだ。

 では遺族会はどうか。宮崎県遺族連合会に聞いてみる。位牌に書かれていた名前や階級、ニューギニア戦線で亡くなった可能性が高いことなどを伝え、戦没者の記録の中に該当する人物がいないか探してもらった。すると同姓同名の戦没者「甲斐正男」さんがいた。しかし、戦没日は2年後で場所は沖縄。同一人物ではなさそうだ。

 同じく同姓の多い大分県遺族会連合会は「本籍などの情報がないと調べるのが難しい」。同県護国神社にも調べてもらったが、没日の台帳に該当する人物はいなかった。

 熊本県遺族会連合会でも同姓同名の人物は見つからなかった。

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 名前からたどる調査が難航する中、位牌に記された命日に着目した。43年3月3日と言えば「ダンピールの悲劇」が起こった日として知られる。「戦史叢書」(防衛研究所刊)によると、ニューギニア戦線の増援として陸軍第51師団を輸送する作戦が実行されたが、船団は同日早朝に米・豪の連合軍に襲撃され輸送船全8隻が沈没。将兵約3000人が戦死したとされる。

 位牌の日付からすると、甲斐さんはこの作戦に参加していた可能性もある。第51師団は群馬・栃木・茨城の3県から徴兵された人などで編成。甲斐さんは九州の人ではないかも──。調査を広げることにした。(黒田加那)

【連載㊥へ続く】

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