広島原爆の日 核依存見直す行動を示せ

 90秒間の映像が戸惑いと波紋を広げた。「核攻撃をされました。私たちはどうしたらいい?」

 この7月、米ニューヨーク市が市民向けに公開した動画だ。米最大都市への核攻撃を想定し、ガイド役の女性が行動指針を説明している。「人騒がせだ」と一蹴する人がいる一方で、「心配する理由があるから怖い」と話す市民の声を米メディアが伝えていた。

 冷戦が終結し、2001年9月の同時多発テロ以降、米国民の脅威はもっぱらテロだった。異例の映像から、ウクライナに侵攻したロシアのプーチン大統領が核兵器使用を繰り返し示唆した影響の大きさがうかがえる。

 広島、長崎の被爆者たちの証言が大きな抑止力となり、核保有国は核兵器使用を長きにわたりタブー視してきた。だが世界は今、60年前のキューバ危機以来の核戦争危機に直面しているといわれる。

■橋渡し役を目指すなら

 広島はきょう、被爆77年を迎えた。地元出身の岸田文雄首相が平和記念式典に出席する。核危機が叫ばれる中で、日本がなすべきことを考えたい。

 核兵器禁止条約を批准していない日本は、6月の第1回締約国会議へのオブザーバー参加も見送った。同じ頃、「核の傘」を含む拡大抑止に関する日米協議が米国で開かれ、日本の出席者は核ミサイルが搭載可能な原子力潜水艦を視察していた。

 日本国内に目を向けると、非核三原則をよそに、自民党内を中心に米国との「核共有」を主張する政治家がいる。中国や北朝鮮の軍備増強といった北東アジアにおける安全保障環境の悪化が要因だ。

 岸田氏が開会中の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に日本の首相として初めて出席し、「核兵器のない世界」へ行動計画を提唱したことは評価できる。

 とはいえ核禁条約に見向きもせず、米核兵器への依存を強めるようでは、分断が深まる核保有国と非保有国との「橋渡し役」にはなれまい。持たざる国の信頼なしにそれは成し得ないからだ。

■「先制不使用」の容認を

 広島原爆の被爆者で日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の代表委員だった坪井直(すなお)さんが昨年10月に96歳で死去した。

 16年5月、当時のオバマ米大統領が広島を訪問した際、坪井さんと一緒に対面したのが広島、長崎で被爆死した米欧兵捕虜の調査を長く続ける森重昭さんだ。「坪井さんの分まで力が続く限り、核兵器の恐ろしさを伝えていく」と誓う森さんも85歳である。

 岸田氏は20年発行の著書で核廃絶の長期戦略をこう記した。

 「(核軍縮の機運が高まるタイミングに狙いを定め)唯一の被爆国として日本が手にしている『伝家の宝刀』とも呼ぶべき、『道義的権威』を最大限に活用して、保有国と非保有国の仲を取り持ち、国際的な核軍縮の道を拓(ひら)いていく」

 核兵器の即時廃絶を求め続ける被爆地の願いと明らかに背離している。岸田氏が「伝家の宝刀」を抜く機会をうかがっていた2年間に「道義的権威」の象徴である被爆者が1万7千人以上亡くなった。岸田氏にはこの命の重さに思いを致してほしい。

 核廃絶に向け日本が実行できる現実的な核リスク低減策はある。

 敵の核攻撃を受けない限り、核兵器を使用しない、と米国が宣言することの容認もその一つだ。

 この「先制不使用」宣言はオバマ、バイデン両民主党政権が検討しながら、抑止力の低下を懸念する日本など一部同盟国の反対で見送られた経緯がある。ペリー元米国防長官や米国の核軍縮専門家らは、安保体制に影響を及ぼさないと日本に説明している。

 サイバー兵器による核兵器システムへの攻撃や、原発など平和利用の核施設攻撃をしないよう核保有国に要請することもできよう。

 日本は唯一の戦争被爆国として核廃絶を訴えながら、核の傘に守られている矛盾を抱える。核依存を進んで見直す行動を示してこそ、世界が期待する「橋渡し役」を果たせるのではないか。

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