「ありのままの私」でいいよ 性同一性障害 県議会で公表の思いは 学校でも考えて

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学校生活でつらかった体験などを父に語る太田さくらさん

 ■新訳男女 語り合おう■ 
 心と体の性が一致しない性同一性障害で苦しんだわが子の体験を、親が公表する‐。6月に宮崎県議会であった一般質問での一幕が反響を呼んでいる。公表したのは、性別適合手術で女性になった幼稚園教諭の太田さくらさん(33)=宮崎県延岡市=の父で県議の清海さん(63)。どんな思いを込めたのか、親子に話を聞いた。

 《6月の文部科学省の調査で、性同一性障害で悩む児童生徒が全国で少なくとも600人以上いることが分かった。この結果を受けて教育現場の対応を質問する中での公表だった》

 ‐議会で取り上げると聞いてどう思いましたか。

 さくらさん 隠すことではないのであまり深く考えませんでした。ただ、その後の反響の大きさに、世間の受け入れや理解はまだまだなんだと痛感しました。

 ‐公表した理由は。

 清海さん 同じ障害で悩む子に「そのままでいいんだよ」、親には「子の気持ちに沿ってあげて」と伝えたくて。実体験が教育現場の対応のヒントになるのではとの思いもありました。

 ‐実際の学校生活は?

 さくらさん 中学時代、話し方やしぐさで「おかま」「男女」といじめられました。先生に「男らしくなればいい」と言われ、がにまたで歩いたり、低い声で話したり。そのままの自分を否定され、つらかった。

 ‐悩みは知っていた?

 清海さん 全く気付かなかった。一卵性双生児として生まれ、活発な兄に比べ女性的なしぐさの多い優しい子だと思っていました。

 さくらさん 男子トイレに入れず、学校を抜け出して自宅で用を足し、着替えは部室。修学旅行はみんなと一緒に風呂に入るのが嫌で、先生に相談すると「先生の部屋の風呂に入ればいい」。救われました。

 ‐性同一性障害について知ったのはいつですか。

 さくらさん 23歳。ホルモン治療を始めました。ただ、長崎で音楽活動をしていて「ファンをだましている」と罪悪感にさいなまれ、体調を崩して実家へ戻りました。

 ‐打ち明けられたのは?

 清海さん 26歳のときに「女性として生きたい」と。無理に手術したりせず、自然のままに生きていけばいいと答えましたが、もっと寄り添ってあげられたらと悔いています。

 ‐2年前に行方不明となり、山中で記憶喪失状態で見つかったそうですね。

 さくらさん カミングアウトをしても体は男性のまま。「自分は偽物なんだ」という気持ちで苦しくて。気づいたら海辺で倒れていたり、傷があったりしたことが何度もありました。

 清海さん 親の顔も思い出せない状態で、心の傷の深さを思い知りました。警察に保護された直後に女子トイレに入った話を聞き、「本当に女の子なんだ」と痛感しました。それで手術に同意しました。

 ‐戸籍の性別も変更し、今は幼稚園教諭として充実した毎日のようですね。

 さくらさん もっと早く障害を知っていたら、こんなに苦しまないで済んだはず。学校教育でも教える必要があると思います。私たちのような人が周囲にいることが、もっと当たり前の世の中になってほしい。

 清海さん 公表後、当事者からの問い合わせや相談が相次いでいます。これからは啓発や支援にもっと力を入れていきたいです。


=2014/08/02付 西日本新聞朝刊=

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