【こんにちは!あかちゃん 第20部】産後クライシスを乗り越える<1>届かなかったSOS

生まれて次の日、夫に抱っこされながら、私の指をしっかり握る子どもの手。このころは、幸せな日々がスタートすると思っていた 拡大

生まれて次の日、夫に抱っこされながら、私の指をしっかり握る子どもの手。このころは、幸せな日々がスタートすると思っていた

 「さっき病院でもらった薬をほぼ全部飲みました。目が覚めないかもしれません。最後までいたらない妻で母で本当に申し訳ありませんでした」

 昨年12月19日夜、私(35)=記者=は夫(40)にメールを送った後、生後1カ月の娘の寝顔を確認し、眠りについた。5時間後に目を覚ますと、70キロ離れた会社にいるはずの夫が枕元に立っていた。睡眠導入剤を数錠飲んで眠るだけのつもりだった。メールは最近夫に見せられた。文面に記憶はない。

 愛する人との初めての子。それまで味わったことのない幸せに包まれるはずだったが、現実は違った。おっぱいは十分に出ず、うまく飲ませられない。ようやく授乳を終え、ミルクを与え、おむつを替え、哺乳瓶を洗ったころには、次のおっぱいの時間。心はジェットコースターのように浮き沈みし、体は鉛のように重かった。

 夫は出産当日から休暇を取り、子どもの世話と家事を引き受けてくれた。私は夫に感謝しつつも、当たり散らすことを止められなかった。24時間一緒の毎日。夫の口数がだんだん少なくなっていくのが分かった。

 出産から1カ月後、夫が職場に復帰すると、1人で子育てする不安で心がパンクした。しかし夫は「子どもの世話はしても、妻の面倒はみない」。妊娠中はあんなに優しかったのに「産んだら用無しか」と心底恨んだ。少しずつ、お互いの心が離れていった。それを決定づけたのがあのメールだった。

 今思うと、メールは私なりのSOSだった。「大丈夫?」と声を掛けてほしかったのに、夫にその思いは届かなかった。数日後、夫は言った。「もう愛していない」。受け止めてもらえるどころか突き放され、私の愛情も急降下した。

 話し合いを重ね、関係は少しずつ修復した。今ではあのころを振り返って、冷静にお互いの気持ちを話せるまでになった。2人とも余裕がなかったのだ。だが当時は「なぜこんなことになってしまったんだろう」と毎日悩み、考え、泣いていた。

 私が「産後クライシス(危機)」という言葉を知ったのは、そんなふうに出口が見えず、涙に明け暮れていたころだった。

 子どもが生まれた後に夫婦の愛情が急速に冷え込む現象。出産によって妻が受ける心身のダメージや、夫の家事や育児への関わり方について、夫婦間で意識が大きくずれ、関係が悪化する。NHKが名付け、朝の情報番組「あさイチ」で2012年9月に特集をしたところ、約2700通のメールとファクスが届き、大きな反響を呼んだ。

 「産後の夫の非協力的な態度がトラウマとなり、第2子を諦めました。一生恨みの気持ちを抱いたまま過ごすと思います」「夫が忙しく、私の気分もイライラ。私からのプレッシャーと仕事のストレスででしょうか。夫から離婚届を突きつけられました。泣きながらテレビを見ています」。番組に寄せられた視聴者の声からは、私が抱えていた悩みに近いものを感じた。

 あさイチのディレクターだった坪井健人さん(33)=現和歌山放送局=は「これまで産後の問題は、産後うつや育児ノイローゼなど、女性だけの悩みとして語られてきたが、産後の夫婦関係の悪化についてこれだけ多くの人が悩んでいるということは、産後の問題は夫婦と社会の問題として捉え直す必要があると感じた」と話す。

    ◇    ◇

 私たち夫婦を襲ったものは産後クライシスだったのか。同じような危機に直面した夫婦たちの悩みを伝えたい。乗り越えるヒントを見つけたい。


=2014/08/12付 西日本新聞朝刊=

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