博多ロック編<215>待望のライブハウス

 ライブハウス「80’sファクトリー」が福岡市中央区・親不孝通りの長浜公園前にオープンするのは1970年代の最後の年、79年の8月である。

 100人以上が収容できる本格的なライブハウスが初めて福岡に出現した。

 「80年代に向けて新しい一歩を踏み出す工場、という意味で店の名前をつけました」

 パブ「花じゃむ」などを展開していた溝上徹思が初めて買った土地に店舗を建てた。一階がこのライブハウスでその上は「花じゃむ4」だった。

 初めて、というのは収容人数だけでない。ステージ、楽屋、音響などがそろい、ライブハウスの条件を満たした。店長の伊藤エミは言った。

 「当時、ライブハウスといってもステージは床の延長線上の店が多かったので、その意味でも高さと広さを持ったステージは初めてでした」

    ×  ×

 同市・西中洲に「ボダイ」というバーがある。

 マスターの正木和男が11年前に開いた。10人入れば満席になる小さなバーである。LP、CDのほかに、ギター、ベースがあり、音楽に浸れる、語れる空間である。カウンターの中で、正木は「80’sファクトリー」について語った。

 「待望のライブハウスができた」

 高校時代、ベースを弾いていた正木にとって「80’sファクトリー」の開店はビッグニュースだった。それは正木だけでなく、ロッカー、ロックファンにとっても待ち望んだ店だった。

 正木にとって博多ロックの衝撃は「サンハウス」だった。同市・須崎にあったロック喫茶「ぱわぁはうす」で2回、「サンハウス」のライブを観(み)た。

 「音楽、それにファッションも含めてすべてがかっこよかった。私の中で『サンハウス』はビートルズやローリング・ストーンズと同列でした。いやそれ以上、世界一と思っていました」

 正木は20歳前後に「80’sファクトリー」のステージを数回、踏んでいる。自分のバンドではなく、他のバンドでベースに穴があいたときの「ヘルパー」としての出演だった。

 ステージ下に楽屋があり、出演者はその楽屋からステージ前中央にあった階段を上がった。

 「この階段を上がってステージに立つときの緊張感、高揚感は今も印象に残っています」

 70年代の「ぱわぁはうす」から80年代の「80’sファクトリー」へ。正木は博多ロックの二つの聖地を知る1人だ。正木が「80’sファクトリー」の出演バンドで「かっこいい」と思ったバンドは「フルノイズ」だった。 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2014/08/25付 西日本新聞夕刊=

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