【ケニアからの報告 国際協力60年】<上>異国に根付くナガサキ

「ブラボー、ナガサキ」。ビタ県の小学校では、子どもたちが歌とダンスで出迎えてくれた 拡大

「ブラボー、ナガサキ」。ビタ県の小学校では、子どもたちが歌とダンスで出迎えてくれた

 「ブラボー、ナガサキ」
 
 色とりどりの服を着た子どもたちが、歌と踊りで記者の私を出迎えてくれた。ケニア西部にあるビタ県の小学校。彼らの視線の先には、これから案内してもらう長崎大熱帯医学研究所(熱研)の職員、風間春樹さん(52)がいた。

 日本からケニアのナイロビまで空路、十数時間。ビタはさらに首都から飛行機と船、車を乗り継いで半日かかる。ケニアで最も貧しい地域の一つで、多くの家は水道が敷かれていない。この学校も長く、近くのビクトリア湖から水をくんで生活用水に使っていた。

 熱研は今年、学校に5千リットルを貯蔵できる雨水タンクを贈呈。安全な飲み水に道を開き、児童用トイレも作った。熱研の提案を基に、国際協力機構(JICA)の資金を活用して実施する「草の根技術協力事業」の一環だ。目的は学校の衛生環境の改善である。

 「学校に来るのが楽しくなるような環境を少しでも整えたい」と風間さん。2017年までにビタ県内20~30校の学校で同様の支援を計画している。

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 熱研は、熱帯の感染症などを研究する「東亜風土病研究所」として1942年に設立された。60年代にJICAの前身である海外技術協力事業団と共同で医療協力活動を始め、ケニアとの関わりが生まれた。マラリアが流行するビタを中心に感染症の研究を進め、2006年、ケニアに常設の研究拠点を設けた。

 しかし、感染症の拡大を防ぐために必要なのは研究だけではない。急がれたのは、むしろ生活環境の改善だった。「教育も不十分なので感染症がますますはびこる。研究だけしていても地元に受け入れられない」。06~10年、初代拠点長を務めた教授の嶋田雅暁さん(66)は悩みを深めた。

 熱研が白羽の矢を立てたのが、ビタ周辺で長年、青年海外協力隊やNPO法人の一員として孤児の支援などに携わってきた風間さんだった。09年に職員として採用し、国際貢献に本格的に取り組み始めた。

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 「この隙間から、蚊が入り放題なんです」。8月上旬、ビタの民家を訪れた風間さんは、屋外の光が漏れる屋根と土壁の間を指さした。

 マラリア原虫を媒介するのはハマダラカという蚊。ケニア政府は感染防止策として住民に蚊帳を無料で配っているが、この家の子どもは炊事場を寝室として使っていた。蚊帳を魚取りの網や鶏を入れる鳥籠などに使う家も多いという。

 生活習慣の改善は一朝一夕にはできない。風間さんは「できることから変えていくしかない」と連日、漁村や農村で住民と膝をつき合わせ、支援策を探る。

 地元の自助努力を求めることも忘れない。「依存型になってはいけない。ケニア人自らの手で、さまざまな問題を解決できるようになってほしい」。いつか日本の支援が必要なくなる日が来ることを願って。

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 今年は開発途上国を支援するため、日本が政府開発援助(ODA)を始めて60年の節目に当たる。日本の支援は政府だけでなく、ボランティアや研究者たちにも支えられてきた。九州出身者をはじめ、多くの日本人が活躍する東アフリカのケニア。国際貢献の最前線を訪ねた。 


=2014/09/18付 西日本新聞朝刊=

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