博多ロック編<219>ダイナマイト・ゴーン

ダイナマイト・ゴーン(左から2人目が栗原、その右が吉村) 拡大

ダイナマイト・ゴーン(左から2人目が栗原、その右が吉村)

 福岡市の天神交差点に一台のトラックが止まった。荷台をステージにしてロックバンド「ダイナマイト・ゴーン」のゲリラライブが始まった。

 〈俺はとのさまガエル 平泳ぎでスイスイ 泳げる〉

 「とのさまガエル」など数曲を歌った。買い物客が人垣をつくる。警官が駆け寄ってくる。トラックは逃げるように去った。

 こんなこともあった。ロックバンド「モッズ」のライブ中に、「ダイナマイト・ゴーン」のメンバーが突然、ステージに乱入し、「モッズ」の楽器を借りて演奏した。ライブジャックである。

 これは1980年前後の「ダイナマイト・ゴーン」のエピソードのほんの一端だ。

 「ダイナマイト・ゴーン」は「春風馬亭」から枝分かれして、中村晃二が1977年ごろに結成した。ライブハウス「80s(’)ファクトリー」の常連の出演バンドだった。82年ごろに1枚のアルバムを出すことなく事実上、解散した。

 ただ、兄弟バンドともいえる「フルノイズ」のアルバム「フルノイズ82」の中に「ゲストトラック」として「ダイナマイト・ゴーン」の作品「とのさまガエル」「東風」の2曲が収録されている。このCDを制作した録音技師、有住壽一の「ダイナマイト・ゴーン」への思い入れ、肩入れである。

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 福岡県・津屋崎の海岸通りにバー「JUNK(ジャンク)」がある。「ダイナマイト・ゴーン」のギターだった、よっちんこと吉村謙一が6年前に開いた。ベースのマサヤこと栗原誠也も集まり、当時のバンドについて語った。

 「博多ロックの正統派ではなかった。とにかく、周りと違ったことがしたかった。同じ曲でもステージごとにアレンジして演奏した」

 「(中村)コージが詞を書いてきて『イントロは戦車のキャタピラのような音で…』と言うと、メンバーでああでもない、こうでもないと言って曲作りした」

 中村は福岡の音楽雑誌「ブルージャグ」の中で曲作りについて次のように語っている。

 「心臓がドラムで、ベースが骨でね。ギターが肉、俺が頭かな、一つの人間の身体みたいでね。動いている内に出来上がるって感じね」

 メンバー4人の個性を尊重した音作りは「サンハウス」が敷いた正調博多ロックの枠から飛び出していた。1980年代の博多ロックは「ダイナマイト・ゴーン」のようないわば異端児を抱えた多様な展開を見せていた。

 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2014/09/29付 西日本新聞夕刊=

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