被災地と音楽で心一つ 福岡の障害者グループ 福島、宮城で演奏会

 東日本大震災(2011年3月11日)から3年半になるのを前にした9月9、10日、福岡市を拠点に音楽活動をする「ドレミファクラブ」が、福島、宮城両県の障害者支援施設を訪ねてコンサートを開いた。障害者や家族、支援者らで構成する同クラブは、募金活動でつながった被災地の人々との音楽交流を以前から希望しており、今回それを実現した。

 福岡市から航空機とバスを乗り継ぎ、ほぼ半日。9日午後に到着した福島県南相馬市は人口約6万4千人。中心部は高台で津波被害を受けず、メンバーには当時の様子が想像できないような普通の街並みだった。だが、福島第1原発事故で一時は大半の市民が避難。影響は今も残っている。

 同市原町区の「えんどう豆」で、所長の佐藤定広さん(52)や利用者など十数人が笑顔で迎えてくれた。だが、戸外の田畑は放射能の数値が高くて耕作できないという。農作物を作れなくなるなど収入が減った「えんどう豆」は震災後、他施設と共同で缶バッジの製造を開始。その販売支援で両者の交流は生まれた。

 見学後、「ドレミ‐」のメンバーが歌い出した。

 うたを歌って贈ります 笑顔になるように 心をこめて歌います あなたに届くように

 応援の気持ちを込めたオリジナル曲「つながっていきている」。「えんどう豆」のメンバーも加わり、手をつなぎ、輪が広がった。

 実は「えんどう豆」もずっと音楽活動を行ってきた。仙台市で毎年ある野外音楽祭に参加し、その音楽祭を南相馬市でも開く中心になってきたが、震災後は避難でメンバーがバラバラに。「歌う気持ちにもならなかった」(佐藤さん)ほど落ち込んだという。

 だが、知り合いの音楽プロデューサーに励まされ、佐藤さんの詩を基に作った曲「ぼくは相馬、すきだよ」を歌うために集まり、再起への一歩を踏み出した。その記念の歌を「えんどう豆」のメンバーが歌った。

 つらいことがあっても諦めないで みんなでつくろうよ ぼくらの街を

 古里や仲間を大切にする思いが伝わってくる。続いてタオルを振って歌う復興支援ソング「まけないタオル」の合唱が始まると、「ドレミ‐」のメンバーも力いっぱいタオルを振った。

 「支援されるというより音楽で自分たちを励ましてきたのかもしれない」と佐藤さん。「ドレミ‐」代表の野上照美さん(65)は「押しかけて迷惑かもと心配したけど、一緒になれたようでうれしい」と語った。

 「ドレミ‐」は翌日の10日、仙台市泉区の「工房かやの実」を訪問。利用者や家族など約50人を前に歌った。誰もが大切な存在だと訴えるオリジナル曲「みんなみんな大切なもの」、リクエストされた支援ソング「花は咲く」などを熱唱。会場には目頭を押さえる人の姿もあった。津波で親戚を失った同市青葉区の菅原あい子さん(65)は「歌で一つになれたような気がします」。加藤卓也施設長も「音楽活動をしている利用者の方が泣きながら聞いていて、感動しました」。

 野上さんは「南相馬や仙台につながることができたと実感しました。これで終わりなのではなく、これからもつながっていきたい」と話した。


=2014/10/02付 西日本新聞朝刊=

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