博多ロック編<221>ビジュアル系の先駆け

 この連載は「サンハウス」など博多ロック第1世代からスタートし、現在、第2世代のロックに進んでいる。今回は第1世代にもどって、博多のビジュアル系バンドの先駆けだった「ミルク」というバンドに触れてみたい。

 「ミルク」の音楽は2006年にインディーズ盤としてリリースされたCD「赤と黒」(全7曲)でたどることができる。

 「赤と黒」は「サンハウス」などがハコバンドとして出演していたダンスホールの名前だ。1970年代に入り、この「赤と黒」に「サンハウス」の対バン(共演者)として演奏していたバンドが「ミルク」である。

 出演前のリハーサルを仲間の1人が簡易カセットレコーダーで録音していた。このカセット音源が発掘されCD化された。

  ×  ×

 「ミルク」は1972年ごろ、九州産業大学に通っていた佐藤清二をリーダーに結成された。佐藤は高校時代にベースを始めた。「バンドはもてる」というよくある動機から音楽の道に入った。それまで音楽とは無縁の生活だった。仲間とジャンケンに負けてベースになった。

 「最初、ベースが4弦だとも知らなかった」

 質屋をのぞいた。楽器があった。6千円の値札だった。弦を数えた。4弦。質屋の店主に「これベースですよね」と聞いた。そのベースを買った。

 大学時代に結成した「ミルク」は5人メンバー。全員化粧。ビジュアル系バンドとして活動し、「赤と黒」や野外ライブで注目を浴び、ヤマハとの縁もできた。ヤマハ主催のポプコン(ポピュラーコンテスト)の福岡大会でオリジナル曲「可愛い男の子」を歌う約束でデビューに向けての路線が敷かれた。

 「この曲はアイドル系の歌で嫌だった。司会者は曲目を『可愛い男の子』と紹介しましたが、私たちはその場で別の曲を演奏しました」

 アマチュアからプロへ。この境目は商業資本側の戦略に乗るか、乗らないか、という踏み絵に似た状況があった。

 「どこか、若さゆえに純粋さがあったんでしょうね」

 その後、矢沢永吉率いるバンド「キャロル」の中国地区のプロモーターの目にとまり、「キャロル」の広島公演で前座をつとめたりした。しかし、メンバー内の「音楽路線の違い」などで1973年に解散した。「ミルク」としてはわずか2年弱の活動だった。

 佐藤は2000年に大分市にライブバー「ねいろや」を開き、音楽活動を続けている。

 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2014/10/20付 西日本新聞夕刊=

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