「ペコロス‐」作者 岡野雄一さんに聞く 「母の介護 癒やされた」 今後も創作の源に

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母光江さんの遺影の前で思い出を語る岡野雄一さん

 認知症の母との日々を描いた漫画「ペコロスの母に会いに行く」(西日本新聞社)の作者岡野雄一さん(64)=長崎市=の母光江さんが、91歳で亡くなって2カ月が過ぎた。連載中の「続・ペコロスの母に会いに行く」(毎週火曜掲載)で亡き母を描き続ける岡野さんに今の心境を聞いた。

 ‐東日本大震災直後は作品を描けなくなったと聞いていたので、今回も心配しました。

 「施設からの電話で駆け付け、母に触れるとまだ温かかった。生きている間は筋肉が拘縮して体全体が閉じている感じでしたが、その時は表情も穏やかで力が抜けていた。ちゃんと着地してくれたと感じました」

 「もっと(悲しみで)わーっとなるかと思ったけど、穏やかでいられた。母は胃ろうをしてから1年半、だんだん弱っていきました。生きていることと、超スローモーションで死んでいくことを同時に実感する時間でした。知らないうちに覚悟ができていたのかもしれません」

 ‐岡野さんにとって「介護」とは何でしたか。

 「母を見つめて描くことで、自分の傷口やトラウマ(心的外傷)に薬を塗っている感じ。幼いころ、母がやけどにつばをつけてくれて治った。認知症の母がくれる濃密な時間は、そんな『つば』みたいなもんでした」

 「僕は母のそばに座ってアンテナを立てていた。母が動かなくなった分、わずかな動きにも敏感でした。父ちゃんがドアの向こうにおるごたる、(熊本・天草の母の実家で飼っていた)ニワトリがおるごたる…。そんな気配を感じ、母の目線を想像した。すると『本当はこうだったんだな』と見えてきて癒やされる。介護はきついこともあるけど、この感覚は誰にも通底すると思います」

 ‐光江さん亡き後、描く漫画は変わりますか?

 「母は車椅子やベッドから解放された。今までは最後のこまで母を現実に戻していたけど、僕もその構図から自由になれた。今は感じていないけど『介護ロス』になればそれも描く。『介護の延長』も描きます」

 「『認知症と介護』という点で広がりがあった漫画ですが、あくまで母と僕の現場報告であり、その点は変わらない。今、母に会いに行っていた時間に母を描いてますから、母を思う時間も変わらない。これからも母は、イマジネーションの源であり続けるでしょう」


=2014/11/11付 西日本新聞朝刊=

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