森の家、「死刑囚の母」… 福岡・糸島の記憶 物語に 作家 東直子さんが新刊

作家の東直子さん 拡大

作家の東直子さん

新刊「いとの森の家」

 心に眠っていた記憶の一つ一つが、いとおしい。作家、東直子さん(50)の新刊「いとの森の家」を読むと、そんな感情がじんわり湧き上がってくる。小学4年生から5年生の約1年間を現在の福岡県糸島市で過ごし、当時の記憶を小説にした。「私と家族にとって宝物のような時間だった」。本のイベント「ブックオカ」で福岡市を訪れたとき、糸島の記憶について聞いた。

 東さんは小さいころ福岡市の団地に住んでいた。銀行員だった父親が糸島を気に入り、引っ越すことに。山を切り開いて家を建て、小学4年の1学期に転校した。その生活もまた、父の転勤で終わりを告げる。

 「とても印象深く、特殊な1年だった。団地生活にはない文化があって楽しかった」。学校までのたんぼ道に、れき死したおびただしい数のカエルを見て、気分が悪くなり倒れたこと。オケラをヤクルトの容器に入れて飼い、クラスメートたちとカマを広げた大きさで競い合ったこと。小説には、実際の出来事がたくさん盛り込まれている。

 東さんは「糸島は命の気配が濃いところ。歴史的な物語性も含んでいて神秘的な場所」という。小説に出てくる糸島の深い森も、あらゆる生や死の気配が色濃く漂っている。

 その象徴が、森の家に1人で暮らす、おハルさんだ。「死刑囚の母」と呼ばれた実在の人物、故白石ハルさんがモデルになっている。東さんも付き合いがあった。

 米国帰りの優しい女性。「おちゃめでハイカラなおばあちゃんと、死刑囚とにギャップがあった」。なぜ慰問するのか、という疑問を「小説の中で問い掛けてみたかった」。おハルさんに何があったか分からないが、小説に登場する10歳前後の子どもたちは、悩みながらもおハルさんの心に近づいていく。東さんは「書いているうちに子ども時代の自分に問い掛けているような気がした」という。

 命の残酷さや社会的な意識に目覚める年齢。「小学生ならではのおろかさや純粋さ。書きながらかわいい、いとおしいと思った」。糸島の森が子どもたちを優しく包み込んでいる。

 ポプラ社から1620円。


=2014/11/18付 西日本新聞朝刊=

PR

最新記事

PR

注目のテーマ