内蒙古の壁画 画像保存 九州国立博物館 10~12世紀の地下墳墓 契丹文化 再評価へ

 九州国立博物館(九博、福岡県太宰府市)の〓信祐爾(だいのぶゆうじ)企画課長(東洋美術史)の研究チームが、中国・内モンゴル自治区の内蒙古博物院と協力、区内の地下墳墓の壁画を高精細スキャナーで記録撮影している。10~12世紀に中国北方で栄えた遼(契丹)の壁画も含まれ、歴史資料が乏しい契丹研究の一助となりそうだ。

 遼は遊牧民の契丹族が916年に建国。契丹文字などの独自文化を創出し、1125年に滅んだ。契丹の文字資料は少なく、絵画も壊されるなどして伝世品はわずか。狩猟の様子や貴族の姿などが描かれた墓室の壁画は、謎が多い契丹の文化や風習、思想を伝える貴重な資料とされる。

 九博は2010年に同博物院と学術文化交流協定を結び、11年に九博で契丹展を開くなど交流を続けている。日本の科学研究費助成を受け、これまでに13年と14年の秋、剥ぎ取り保存されている壁画部分を撮影した。

 高精細スキャナーは画像がきめ細やかで、凹凸の把握や赤外線撮影も可能。拡大した画像から筆遣いや描いた順など絵画技法まで分析できる。これまでに大小約90点を撮影。契丹の建国者の耶律阿保機(やりつあぼき)に近い皇族女性が埋葬されたとみられるトルキ山古墓や、唐滅亡後の「五代十国」との境界域・清水河にある墳墓の壁画などを記録した。

 画像は壁画の一部分だが、コンピューターで組み合わせて墓室内を立体的に再現できる。博物院はバスで各地を巡る「移動博物館」で画像を公開する考え。劣化した壁画を修復する際の参考にもするという。

 九博は歴史や絵画の研究に画像を使う。市元塁主任研究員(東アジア考古学)は「遺物の研究が少なく、文化水準が低いという印象が強かった契丹の再評価につなげ、転換期の様相を明らかにしたい」と話す。

 契丹に詳しい岡山大学の古松崇志准教授(東洋史)は「契丹は日本の平安時代に存在し、ともに唐の影響を受けた。唐文化との接触や融合の仕方を比較研究できる」と九博の成果に期待する。


=2015/01/07付 西日本新聞朝刊=

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