【自由帳】ただ一人の子どもに向かって 何を語り掛けてますか?

最近のきたやまおさむさん。九大大学院時代、目の前の困っている人に向かってその瞬間、発する言葉の大切さを語っていた 拡大

最近のきたやまおさむさん。九大大学院時代、目の前の困っている人に向かってその瞬間、発する言葉の大切さを語っていた

 若かりしころはフォークソング歌手、作詞家として一世を風靡(ふうび)したきたやまおさむ(北山修)さん(68)は、やがて精神科医となり、九州大大学院で教授も務めた。十数年前、研究室を訪ねたとき、なぜ音楽活動を続けず、精神科医になったのかと尋ねた。きたやまさんはこう応えた。

 「目の前に困っている患者さんがいる。そのとき、そのたった一人の患者さんに自分は、その場限りのどんな言葉やメッセージを発することができるか。そう考えたとき、不特定多数の人たちに向かって発表した楽曲がいくらヒットしようとも、たった一人のためにその瞬間、自分が発するメッセージこそが、かけがえのないものと思えた」

 「パーソナル・コミュニケーション」(一対一の対話)と「マス・コミュニケーション」(一対多の対話)という言葉を使って、きたやまさんはそんな意味の話をした。

 作詞した「戦争を知らない子供たち」は30万枚を超えるレコード売り上げで知られる。ラジオ番組でも繰り返し放送され、多くの人が口ずさんだ。だが、一人の患者に向かって発したオンリーワンの言葉で、心が再生に向かう姿に触れるとき、それは大ヒットの充足感とは比べようもなかったという。

 学校現場の先生たちもそうだ。目の前にいる一人一人の児童生徒に向かって日々、どんなメッセージを発しているだろうか。

 ☆ ☆ 

 日本人宇宙飛行士として昨年初めて国際宇宙ステーション(ISS)船長を務めた若田光一さん(51)=九大大学院修了=を3年前、インタビューした。宇宙への原点を尋ねたとき、恩師の話になった。

 「うーん、あっ、小学1年の担任の先生。女性の先生で、将来の夢を抱かせてくれたし、育ててくれた。テストのとき、先生は『早く終わった人は、裏に絵を描いてもいいですよ』って」(若田少年はそのとき、九州への帰省で乗った飛行機を描いた。若田さんにとって、それが空へのあこがれ、宇宙への原風景だという。家族はその答案用紙を保存している)

 「高校では、数学の先生が『英語の弁論大会に出てみないか』と勧めてくれた。同じクラスに留学生がいて、人口問題や食糧危機について話し合い、弁論では『考えるべき事情』として語った」(野球部に入部したものの、打撃が弱く、正選手になれなかったころ。先生は若田さんに「もう一つのチャンス」を与えた)

 いずれの先生にとっても、何げないひとことだっただろう。ただ、若田少年の記憶には珠玉のように刻まれ、今も消えない。先生のひとこと(パーソナル・コミュニケーション)は、子どもたちにとってそれほど大きなものなのだ。

 ☆ ☆ 

 私自身もなぜ、新聞記者になったのかと、振り返るときがある。

 思い出すのは小学校1、2年の担任だった先生だ。山、川、人などの漢字の成り立ちを学ぶ授業で、先生は自由研究の宿題を出した。調べてみると、その成り立ち、デザイン、解釈が面白く、夢中になって調べ、模造紙にまとめていった。先生はそれを褒め、教室の後ろに張り出してくれた。

 よく分からないこと、割り切れないこと、疑問に思うことを取材し、文章化する。記者の原点をたどるとその先生の顔が浮かぶ。

 押し寄せる教育改革、学校現場の多忙化、理不尽な保護者対応、指導力不足との批判…。言いたくても、言えないことがあるでしょう。先生、それでもあなたは、児童生徒にとって、ただ一人のかけがえのない存在なのだ。


=2015/01/13付 西日本新聞朝刊=

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