博多ロック編<230>九州一のレコード売り場

レコード売り場時代の甫足(左はユーミン) 拡大

レコード売り場時代の甫足(左はユーミン)

 中古レコードショップ「ボーダーラインレコーズ」の甫足正彦の音楽への扉は1971年、熊本市での「タイガース」のコンサートだった。中学時代はGS(グループサウンズ)全盛期だったが、GSのコンサートは出入り禁止だった。

 「会場では学校の先生たちが厳しく見回っていました」

 ようやく高校に入ってその禁が解けた。待望のコンサートが「タイガース」だった。高校卒業後、熊本県・山鹿から福岡の大学へ。すぐに足を運んだのは九電記念体育館での「シカゴ」のコンサートだった。

 「この会場は私にとってはロックの聖地です。たくさんの『外タレ』のコンサートを見に行きました」

 大学ではフォークソング愛好会に入り、ドラムをたたくようになった。バンドを組み、大学祭やホールでライブ活動した。

 地元放送局でアルバイトをして、数々のコンサートを裏方から見てきた。

 「プレイヤーだけでなく、イベントなどの経験で音楽に対しての幅広い視野がもてました」

 ×    ×

 大学卒業後はベスト電器の本社経理部に所属した。福岡市役所横の本店6階には系列会社のレコードショップ「サウンドベスト」があり、よくレコードを買いに行った。

 「社員割引で買えたし、お金は給料から天引きでした」

 売り場から経理部の甫足の所に電話が入るようになった。

 「この輸入盤のレコードはどのくらい仕入れたらいいか」

 甫足の仕事ではない仕入れの相談だ。音楽に関係する仕事をしたい気持ちはあった。売り場と甫足の希望が合致し、2年間の本社勤務からいわば子会社のレコード売り場に移った。

 甫足の加入などもあって当時、「サウンドベスト」は九州一の在庫数、売り上げを誇っていた。

 甫足は洋楽の新譜情報などに目を通し、いち早く店に並べた。時代の先端を走る欧米のインディーズ盤にも力を入れ、他店との区別化を図った。

 「新しい音楽の情報を地元に届けたかった。博多のバンドの連中もよく売り場に来ていました」

 本店の8階にはホール「マルコポーロ」があった。甫足は6階と8階を連動させた。北九州市のロックバンド「ルースターズ」など数々のライブを打ったりした。

 南区の雑餉隈店は3年間、赤字だった。甫足はてこ入れの店長として赴任、1年で黒字化した。

 「大きな店でできないことを小さな店でやってみたい」

 福岡市・大名に「ボーダーラインレコーズ」を立ち上げるのは1983年の
ことだ。

 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2015/01/19付 西日本新聞夕刊=

PR

PR

注目のテーマ