【生きる 働く 第3部】3・11~地域に根を張る<中>東北に移住 産業育成

嘉村康祐さんが仙台市で立ち上げた「海鮮ビストロ・ヤマライ」は、宮城県産カキや野菜の地産地消を目指す 拡大

嘉村康祐さんが仙台市で立ち上げた「海鮮ビストロ・ヤマライ」は、宮城県産カキや野菜の地産地消を目指す

 仙台市で映画祭を開き、子どもたちの心に生きる希望を取り戻す。「ベルリン国際映画祭が特別協力する初の試み。一緒にやりませんか」

 東京から話を持ちかけた嘉村康祐さん(28)に、現地の反応は冷たかった。

 東日本大震災以来、全国から支援の手が差し伸べられていたが、助成金などの「うまみ」を狙った事業もあり、よそ者への不信感が高まっていたのだ。

 「地元と一緒につくる『お祭り』にしないと根付かないし、復興事業の意味がない」

 嘉村さんは震災翌年、仙台に移住した。縁のない土地だったが、人と関わり、地震や津波の体験をじかに聞くうちに「縁もゆかりもできていった」。

 震災から2年たった2013年3月、「ベルリン国際映画祭in仙台」は実現した。約30人の地元ボランティアに支えられ、4日間で延べ4千人近くを集めた。スクリーンに吸い寄せられたキラキラした目。子どもたちの表情を見て、やりきった実感をかみしめた。マイナスからのスタートは、プラスに変わった。

 東京暮らしに息苦しさを感じていた。

 満員電車には疲れ切った顔が並んでいる。駅で扉が開くと、われ先に改札へ向かう。みんなイライラしていて、幸せそうには見えない。「東京は最先端の人とモノが集まっていて、やりたい仕事ができる。でも住みたい町じゃない」。いつかは生まれ育った福岡に戻りたいと考えていた。

 都内のコンサルタント会社に籍を置き、国内外の企業で事業開発や経営再建を支援してきた。海外で働いた経験もあり「東京一極集中のビジネス構造」のいびつさを感じていた。「地方の過疎化や少子高齢化が進み、日本全体が危うくなっている。みんなが住みたい町で、やりたい仕事をするには地方の活性化が必要だ」

 そんなとき、3・11を迎えた。

 コンサル会社の代表は「東北の復興に僕らのノウハウや人脈をささげよう」と宣言すると、子会社を仙台に移して自ら移住した。今一番困っているのは東北。自分も被災地の可能性を引き出し、復興や経済発展につながる仕事をしたい。嘉村さんも後に続いた。

 嘉村さんは映画祭と並行し、宮城県産カキにも目を向けていた。「最も復興が遅れているのは1次産業」だからだ。

 宮城は広島県に次ぐ全国2位のカキ生産量を誇っていたが、津波で養殖施設がほぼ壊滅した。販路は途絶え、風評被害で価格も低迷し、生産量は震災前の3割弱にとどまっている。

 コンサル会社の傘下には広島カキの老舗料理店がある。嘉村さんはそのノウハウを生かし、仙台にフランス料理店を開いた。カキの新しい食べ方を提案し、器に宮城の伝統工芸品「玉虫塗(たまむしぬり)」を取り入れるなど地域産業の発信にこだわった。視線の先には「世界」がある。

 「福岡の高級イチゴがアジアで売れるように、海外でも勝負できるものはたくさんある」。愛媛県今治市のタオル、福井県鯖江市の眼鏡など息を吹き返した伝統技術もある。地方がそれぞれの「光るモノ」を磨けば、東京を介さずとも世界へ打って出られる。それが活性化の足がかりとなるはずだ。

 料理店は開業から1年3カ月たち、映画祭は3回目に向けた準備が進む。「やっとかたちになってきた。地元の力で継続していけるようになるには、もう少しかかるかな」。“自立”を見届けるまで、東北での挑戦は続く。


=2015/03/11付 西日本新聞朝刊=

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