連載「備えは~福岡沖地震」(1)足元の断層に危機感薄れ

一般公開された警固断層の掘削溝(トレンチ)。住民約400人が訪れたという=2006年2月、福岡県大野城市(産業技術総合研究所提供) 拡大

一般公開された警固断層の掘削溝(トレンチ)。住民約400人が訪れたという=2006年2月、福岡県大野城市(産業技術総合研究所提供)

 まだ寒さの残る午後、女性(77)は腰を曲げて畑を耕していた。近くの小学校から児童の声が響く。福岡県筑紫野市塔原西地区一帯は、10年前の福岡沖地震で大きく揺れたところだ。

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 2005年3月20日の福岡沖地震は、福岡県西方沖から福岡都市圏の地中を北西から南東に走る、警固(けご)断層帯の海側が引き起こした。まだずれるエネルギーをためている陸側は、4千年前後の周期で地震を発生させるとされる。専門家は、周期に従うと、陸側の断層がもたらす地震がいつ起きても不思議ではない時期にあると警鐘を鳴らす。

 文部科学省の調査で、塔原西地区の田んぼ12アールに掘削溝(トレンチ)が造られたのは13年1月だった。深さ数メートルほどの溝を掘り、その壁面の地層を綿密に調べる。地震が発生する周期などを、より正確に推定できる。調査後は埋め戻す。

 付近を断層が貫く可能性があった。だが、目指す断層面は見つからなかった。

 周辺10区画のうち、地権者から掘削の同意が得られたのが、そこしかなかった。担当した産業技術総合研究所の宮下由香里活断層評価研究グループ長(46)は「周りも広く掘れれば、断層に行き着いたのに」と、今でも悔しがる。

 「掘削で畑が荒れ、作物が育ちづらくなるのが嫌だったんでしょうかねえ」

 畑仕事に精を出していた女性は、周辺住民が掘削を断った理由をそう代弁した。福岡沖地震の「風化」が進んでいないだろうか。

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 地震から1年もたっていなかった06年2月、福岡県大野城市上大利で、トレンチが一般公開されると、約400人も訪れた。宮下さんは、見学者から「近くで家を買おうと思っているけど、どう思いますか」とひっきりなしに尋ねられた。警固断層への関心は今と比べられないほど高かった。

 文科省は11年度、全国でも地震発生の確率が高いとして警固断層の重点調査に入った。その一環で、宮下さんは再び上大利を訪れた。周辺には住宅が立ち並んでいた。トレンチは地主から断られ、断念せざるを得なかった。不動産関係者からは「絶対に掘らせない」とすごまれたという。一帯が断層の影響を受けやすいという話が再び広まり、住宅が売れにくくなると懸念したようだ。

 警固断層は、福岡都市圏直下を走る。掘削できる場所は宅地の合間を縫って残る農地や行政所有地などわずかしかない。九州大の清水洋教授(58)=地震学=は「トレンチの場所を探すのは、きわめて困難」と、あきらめ顔だ。

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 文科省は警固断層の重点調査を3年間、続けた。計約3億円を費やしたが、より正確な断層位置や長さ、地震発生頻度の確認といった課題を残したまま、14年3月に終了した。

 宮下さんは今後も、自衛隊の敷地などで調査を続けるという。ひとたび地震を起こせば、千人超の犠牲者を出すともいわれる警固断層の調査が、個々の研究者の肩にのしかかる。都市部の調査は地域に理解してもらう難しさも抱える。「社会のために、自分はどうすべきなのか」。宮下さんは、自問自答する日々を送っている。

 (竹次稔)

 

 福岡沖地震から20日で10年がたつ。警固断層がもたらすとされる福岡都市圏直下型の地震への備えは十分か、探った。


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「福岡沖地震」呼称について

 2005年3月20日に九州北部で発生した「福岡県西方沖地震」について、西日本新聞社は呼称を「福岡沖地震」に統一し、記事本文や見出しに使用しています。


=2015/03/15付 西日本新聞朝刊=

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