<9>「源流」の平べったい麺 うま馬(福岡市)

祇園店で顔をそろえた手嶋武臣さん(左)と雅彦さん親子 拡大

祇園店で顔をそろえた手嶋武臣さん(左)と雅彦さん親子

祇園店は福岡市博多区祇園町1の26。源流博多ラーメン620円、餃子420円。昼は午前11時半~午後2時(土日祝は同3時まで)、夜は午後5時半~午前0時(日祝は午後11時半まで)。年中無休。092(271)4025。

 福岡市内で最も早く豚骨ラーメンを出したのは、1940年ごろに中洲の福岡玉屋横で開業した屋台「三馬路(さんまろ)」とされる。九州の豚骨ラーメンの発祥の店「南京千両」(福岡県久留米市)に遅れること数年。ただ、白濁スープに細麺という現在の博多ラーメンとはちょっと違ったようだ。黄金色がかった澄んだスープに平べったい麺-。そんな「三馬路」の味を「うま馬(うま)」(福岡市)は受け継ぐ。

 初代の手嶋武臣さん(81)によると、三馬路は大陸から戻ってきた森堅太郎さんが始めた。終戦後に手嶋さんの義兄、森山勝さんが弟子入り。51年に独立する際「五馬路(うまろ)」という屋号をもらい、当時の博多駅付近(現在の祇園店横)で屋台を開いたという。

 「この世にこんなうまいものがあるのか」。生まれて初めて食べたラーメンに感動し、「五馬路」を手伝うようになった手嶋さん。竹を使って平たく伸ばす製麺方法や豚骨スープの作り方など「三馬路」由来のラーメンを学び、53年には別の場所に店舗を出すことになった森山さんの屋台を引き継ぐ。ほどなくして自身も近くに店舗を構えた。

 2階が自宅で1階が店舗。焼き鳥なども出す居酒屋として、中洲帰りに締めの一杯をすする客でにぎわった。20年前、転機が訪れる。「店を一緒に切り盛りしてきた女房が体を壊して…。店をたたもうとしたんです」

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 そのころ、手嶋さんの長男雅彦さん(56)は東京の劇団「青年座」に所属する俳優だった。「小さい頃ラーメン屋は格好悪いと思っていた。継ぐなんて考えたこともなかった」と雅彦さんは言う。ただ、実家の廃業に寂しさもよぎった。「店の2階で暮らし、ラーメンのにおいと焼き鳥の煙の中で育った。自分の原風景がなくなってしまう」

 36歳で帰郷を決意し、考えたことがある。ただ継ぐだけではなく、自分なりに進化させたい-。法人化し、店名を「うま馬」に変更。ソムリエの資格も取得してワインを店に置き、新たな客層を開拓した。実家があった現在の祇園店ほか福岡市内でも店舗を増やし、2004年には東京、12年にはシンガポールにも進出。フィリピン・マニラにも出店を計画する。

 手嶋さん親子と3人で「源流博多ラーメン」と名付けられた一杯をすすった。「豚骨は下ゆでし、丁寧に血抜き、あく抜きをする。いわば引き算のスープ」と最後まで飲み干した雅彦さん。確かにあっさり。でも豚骨の風味もしっかり感じられる。気付くと丼の底が見えていた。

 経営者としての手腕を発揮し、家業を発展させてきた雅彦さんだが変わらない思いがある。「三馬路からつながって今このラーメンがある。その歴史、人たちの思いを受け継いでいく使命を感じています」 (小川祥平)


=2015/02/05付 西日本新聞朝刊=

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