【自由帳】子どもの心「じゅうでん」してますか 自尊感情育む触れ合い

「無条件の受容」の安心感や心情を幼少期に体感することで、自尊感情が育まれていくという 拡大

「無条件の受容」の安心感や心情を幼少期に体感することで、自尊感情が育まれていくという

 昨年の年間紅皿賞を受賞した読者投稿「じゅうでん」(11月26日付朝刊)を読んだとき、冬の朝、温かいココアを飲んだような気持ちになった。そして、親子の大切な場面を伝える「教育コラム」でもあると思った。

 「自尊感情」。学校の先生たちと話していると、そのキーワードはよく出てくる。「自分が自分であって大丈夫」「生きていること、そのこと自体に意味がある」。平たく言えば、そんな感情だ。

 「自己肯定感」ともいわれる。自己中心のわがまま(自己チュー)や自己愛とは違う。自分自身をかけがえのない存在として捉える肯定的な感情とされる。

 不登校やいじめ対応、学級づくりで、子どもたちの自尊感情が一つの鍵を握っていると、学校現場では考えられている。では、自尊感情はいつ、どんな場面で育まれていくのか。

 その場面こそが、お母さんが7歳の娘を抱き締める「じゅうでん」だった。

 「おかあさん、じゅうでんして」。夕飯の支度をしていると娘が真面目な顔で頼みに来た。「いいですよ」と両手を広げると私の胸に額を当てて、ぎゅっと抱きついてきた。これが彼女のお気に入りの儀式だ。

 いつもはいきなり覆いかぶさったりするのに、このときばかりはあらためてお願いが…という雰囲気でやって来る。7歳の彼女にもいろいろあるのだろう。さっきは叱りすぎたかな、それとも友達とけんかしたのかな。思いをめぐらせ、反省もしながら、娘の心が満タンになるように心を込めて抱き締める。

 もう、私のみぞおちの辺りまで背が伸びている。私が彼女の充電器になってあげられるのはあと何年だろう。「おかあさん、いいにおい。げんきになってきた!」と笑顔になって私を見上げると充電完了。柔らかな髪をなでながら「またいつでもどうぞ」と言うと、再び外の世界へ飛び出していく。(後略)
(井上智佳子さん、主婦・37歳、福岡市南区)

 児童心理学では「無条件の受容」と言われる。どんなことがあっても最後、私はあなたを受け入れる。そんな安心感や心情を幼少期、どれだけ体感できたかで、自尊感情の育まれ方も変わってくるのだという。

 教育担当として、そんな取材をしていたものだから、「じゅうでん」をしみじみと読んだ。

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 「どうして、にんげんは死ぬの? さえちゃんは、死ぬのいやだよ」。6歳の娘からこう問われた。さて、あなたならどう答えますか-。ある教育研修会で、講師からそう問い掛けられ、受講した先生や親たちは考え込んだ。

 「どうしてこう、私たちは、先生が求める答えを探そうとするんですかね」。あるお母さんは、そうぼやきながら「私ならあえて、うそをつく。さえちゃんは決して死なないよって」。

 私の答えは「人の命には限りがある。でも、さえちゃんが亡くなったとしても、さえちゃんがこの世に生きていたってことは、みんな忘れないよ」。うそっぽく、浅薄。そもそも、6歳に伝わるだろうか。

 この質問に、詩人の谷川俊太郎さんはこう答えたという。「ぼくがお母さんだったら、さえちゃんをぎゅーっと抱きしめて一緒に泣きます。そのあとで一緒にお茶します。こういう深い問いかけにはアタマだけじゃなく、ココロもカラダも使って答えなくちゃね」

 ☆ ☆

 「抱き締める」「肩をポンとたたく」「ウンウンとうなずく」…。言葉にならない、言葉では伝えきれない、大切なことがある。そのとき、あなたならどうするか。何げない親子の小景を描いたあの紅皿には、そんな深い問い掛けが含まれているように思えた。 


=2015/03/31付 西日本新聞朝刊=

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