島愛した歯科医 再出発 薩摩川内市保険年金課 友成直久さん(48)

にこやかに市民の相談に対応する友成直久さん=鹿児島県薩摩川内市 拡大

にこやかに市民の相談に対応する友成直久さん=鹿児島県薩摩川内市

 定年まで離島の歯科医療に身をささげる-。その志は半ばでついえたが、落ち込んではいられない。

 鹿児島県薩摩川内市保険年金課職員の友成直久さん(48)は、昨年9月まで14年半にわたり、上甑島(こしきしま)の市営診療所で歯科医を務めていた。だが、目の病気のために歯科医を諦め、畑違いの一般職に異動した。白衣からスーツに着替え、手にはドリルでなくペンを持ち、市民の相談に対応する日々。「市民のために働けるのは一緒です」と前を向く。

 友成さんは同市出身。九州歯科大(北九州市)を出て、熊本市や熊本県荒尾市の歯科医院に勤務した。「離島の多い鹿児島県で生まれ育った者として、いつかは離島医療に携わりたい」と思っていた。2000年4月、合併前の上甑村の診療所で歯科医を募集していると父の知人が教えてくれて、村職員に採用された。

 上甑島は県本土から約30キロ離れた東シナ海に浮かぶ。島の人口は当時約2千人。コンビニもファミレスもないが、豊かな自然があった。同年11月に交際中の女性を島に呼び寄せ結婚。男児2人に恵まれ、子連れでキャンプを満喫した。06年には子どもの進学を考慮し妻子を本土に移住させ、単身で島に残った。

 診療所では1日に二十数人の患者を1人で診る。症状の判断が難しいケースもあった。島でただ一人の歯科医。「島民は医師を選べないというプレッシャーがあった」と振り返る。しかし、「患者さん」との距離は近かった。「今朝のとれたてだよ」と、野菜や魚の差し入れをもらった。

 05年ごろ、視野の中央部が見えづらくなる中心性網膜症を左目に発症。自然治癒と発症を繰り返したが、左目にすりガラスがかかったような状態になった。日常生活に影響はないが、0・1ミリの精度で歯を削る仕事は厳しくなった。昨年3月、病気を市に報告し、同年9月、本庁の保険年金課へ異動した。「定年まで勤め上げられず、島民に迷惑を掛けて心苦しかった」。ようやく今月1日、後任として鹿児島大(鹿児島市)の歯科医の診療所常勤が始まった。「ほっとした。離島医療はやりがいのある仕事。頑張って」とエールを送る。

 今の職場では国民健康保険の高額療養費制度を担当する。相談への対応と審査が主な業務だ。初めて「同僚」と呼べる仲間ができたことが素直にうれしい。

 愛する甑島は3月、素晴らしい自然景観が評価されて国定公園に指定された。「自分も頑張らないと。まずは今の仕事を楽しめるようになりたい」。上司は「歯科医の経験が生きている」と仕事ぶりを評価する。50歳を前にした再出発は、始まったばかりだ。 


=2015/04/03付 西日本新聞朝刊=

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