神社清掃 40年“皆勤” 91歳 福岡市・青木さん 手製のほうきで感謝込め

約40年間、休まずに橋本八幡宮境内を清掃している青木吾平さん 拡大

約40年間、休まずに橋本八幡宮境内を清掃している青木吾平さん

 朝と夕、約40年間。ほとんど休まずに橋本八幡宮(福岡市西区)の清掃を続ける「守り人」がいる。近くに住む青木吾平さん(91)。「ただ、習慣でしよるだけ。なんもなか」。てらいのない淡々とした口調に、氏子の誇りがにじむ。

 春の平日、待ち合わせ場所の社殿を背に、青木さんは仁王立ちしていた。手にはほうきが握られていた。見るからに普通の竹ほうきとは異なる。「竹とササを針金で結んだだけ」とそっけないが、詳しく聞くとこだわりが隠されていた。

 竹を軸にし、ササを寄せ集めて掃く部分にした。乱れ髪のような形のササが見事にごみをからめ取ってくれる。約1・5メートルのロングサイズのため、腰を軽く回転させるだけで幅2メートルほどの参道の石畳を一気に掃ける。「これがないと始まらん。便利じゃ」。手製のほうきを見ながらニヤリと笑った目はいたずらっ子のようだった。

 毎朝、午前5時に起きて、自宅から歩いて4~5分。午前6時ごろから10時ごろまで境内をほうきできれいにする。夕方は午後5時ごろから7時まで。毎月1、15日は社殿をぞうきんがけすると決めている。「何年前やったかなー。孫の結婚式のため泊まりがけで東京に行ったとき以外は、はわきよる」

 物心ついたときから、神社の境内が遊び場。柿の木に登って柿をほおばり、大人たちに怒鳴られた。兵隊になり故郷を離れる際も地域の人たちに見送ってもらった。そばにいつも神社があった。終戦直後、さい銭箱や鈴などが消えていった。「物がない時代。みんな生きるのが必死じゃった。しょんなか」。農家として田畑を耕し、野菜や米を売った収入で少しずついろんな備品を寄付していった。

 室町時代創建の橋本八幡宮。境内には創建当時から残るとされるマキやクスの巨木が見られる。緑豊かな境内を散策する人は多く、地域住民のウオーキングコースにもなっている。近くに地下鉄七隈線橋本駅があり、大型ショッピングセンターもできた。神社周辺では車や人通りが多くなった。

 「地域のみんなが、健康で幸せに暮らせているのも神様が見守ってくれているおかげ。感謝の気持ちば込めて、そうじをするのは当然のことですたい」。卒寿を超えた翁の言葉に迷いはない。


=2015/04/07付 西日本新聞朝刊=

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