博多ロック編<241>ファミリーの絆

 「ザ・モッズ」は福岡市中央区のライブハウス「80’sファクトリー」のレギュラーとして徐々にファンを獲得していった。店長の伊藤エミは「モッズには勢いがあった」と言った。その勢いについての内実はボーカルの森山達也の自著の中の言葉を引こう。

 「ステージに関しては絶対に手を抜いちゃいけないし、(懸命に)やれば客は必ずわかってくれる。その想いを持って、プレイしていくしかないし、音楽を作っていくしかない、と。だから、その想いは今日現在まで続いている」

 バンドとしての生命線はライブであることを宣言している。もちろん、ライブが命であることはバンドにとって自明なことではあるが、手を抜かずに定期的に、質を担保しながらやり続けることには鉄の意志が必要なことはいうまでもない。

 1980年、上京する前に「80’sファクトリー」で2日間のラストライブを打ち、店の観客最大動員数を記録した。ライブの積み重ねによって勝ち得たものだ。「モッズ」にとって博多のファンからの最高の「餞別(せんべつ)」でもあったに違いない。

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 「モッズ」はボーカルとしての声の魅力や楽曲作りといった森山の才能が引っ張ってきた。山部善次郎は森山が「博多の三山になろうや」と言ったことを覚えている。「サンハウス」の柴山俊之と山部。森山、柴山、山部。名前に「山」の付くボーカリストのことだ。

 山部は森山のボーカルとしての自負と自信を感じたが、それ以上に「モッズ」への羨望(せんぼう)があった。

 「俺が一つ頭が上がらん部分は、メンバー同士の絆やね」

 「モッズ」は山善が語るように絆の強いファミリーのようなバンドだ。3期「モッズ」を結成して以来、固定メンバーで活動してきた。2007年にドラムが抜け、新加入があったほかは現在まで35年間も続いている日本ロック史上、数少ないバンドだ。北里は言う。

 「毎年、アルバムを出して、ツアーをするのをベースにしている」

 森山は次のように語っている。

 「この一年があって、次の一年が流れていく…いいライブをして、いいアルバムを残すだけ」

 今日までベストアルバムを含め50枚をリリースし、今年も全国ツアーを敢行している。ロックはどこに行くのか。未知の道。それを背負うライブバンドの「モッズ」。森山はこうも語っている。

 「音楽やっていると気持ちはたしかに普通の人より若いよ。でも感覚だって古くなるし、肉体だって衰える。でも自分自身ですべてを認めた上で挑戦を続けている」 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2015/04/13付 西日本新聞夕刊=

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