【問う語る】(2)の1 玄海の迷走「違う判断あった」 海江田万里元経産相

▼かいえだ・ばんり衆院財務金融委員長。東京1区、当選5回。2010年9月、経済財政担当相として初入閣。翌11年1月の内閣改造で経産相に就いた。「ポスト菅」を決める民主党代表選に立候補し、野田佳彦首相に敗れた。父は鹿児島県出身。 拡大

▼かいえだ・ばんり衆院財務金融委員長。東京1区、当選5回。2010年9月、経済財政担当相として初入閣。翌11年1月の内閣改造で経産相に就いた。「ポスト菅」を決める民主党代表選に立候補し、野田佳彦首相に敗れた。父は鹿児島県出身。

 昨年7月、左の手のひらに「忍」と書いて国会審議に臨み、雑誌に「屈辱と忍従の日々」と書かれた。「あれは別に菅(直人首相=当時)さんに対する何とかじゃなくてね。参院の審議は厳しかったから、忍の一字でやんなきゃいかんぞと」

 東京の衆院第1議員会館の自室でインタビューに応じた海江田万里元経済産業相(63)。在任約8カ月で国会答弁は1913回を数えたという。原子力行政のトップとして福島第1原発事故の対応に当たる一方、九州電力玄海原発2、3号機を「再稼働1号」に選び、昨年6月29日、佐賀県玄海町に足を運ぶ。直後、安全評価(ストレステスト)実施を指示した菅首相にはしごを外された。

 「玄海町の岸本英雄町長には『国が責任をもってゴーサインを出しますから』と言いました」。そう語る海江田氏はしかし、「私が経産大臣じゃなければ、また違う判断があったかと思いますね。一政治家としては、何もあの時期(の再稼働)でなくてもよかったんじゃないかとか…」と、意外な言葉を口にした。

 電力需要期の夏場に向け、原発再稼働問題は再び、議論の焦点となる。「玄海騒動」が意味するものは何か。政治家が果たすべき役割とは。

 海江田氏は閣僚懇談会で玄海2、3号機の再稼働の方針を何度も説明したという。玄海町訪問も前日に官邸に伝えていた。

 「安全神話に染め上げられた『行け行けどんどん』の原発推進派と、イデオロギー的な反対派、専門家も真っ二つ。両者の溝が深くて相いれない。電力確保は日本経済にとって大事。私がやらなければ誰がやるんだ、と気負いがありましたね」

 海江田氏は当時の自らの行動を「経産大臣の役割」と再三強調した。

 帰京した日の夜。菅首相からの電話で状況は一変する。首相は海江田氏に言ったという。「自分は認めない。(原子力を推進する経産省傘下にある)原子力安全・保安院が言うことなんか、国民は誰も信用しない」-。

 「翌日慌てて官邸に行って、初めてストレステストという話になったんです。任命権者の総理が言うなら、辞めるか、言うことを聞くしかないですから」

 海江田氏は、最も古い玄海1号機なら「再稼働は認めなかった」と語る。すべての原発を動かそうとしたわけでもない。

 「玄海騒動」からさかのぼる約2カ月前、東海地震の予想震源域にある中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の全面停止要請は、脱原発派から菅氏の英断と評される。それをひそかに計画したのは海江田氏という。記者会見しようとした当日、首相に報告すると「(止めるのは定期検査中の)3号(1基)か」と問い返された。

 「『3号じゃなくて全部です』と答えたら、総理は『ええ! 全部やって(電力は)平気なのか』と」

 -菅さんには全部止める発想はなかったと?

 「だと思うよ。やりとりをみるとね」

 海江田氏の言葉を借りれば、浜岡原発全面停止も「経産大臣の役割」だったのだろう。危ない浜岡原発は停止し、他は稼働させる-。「役割」を強調する海江田氏は、経産省が描くシナリオに沿って身ぶり手ぶり大臣を演じた、と認めているようにも映る。「原子力ムラ」に取り込まれていなかったかどうか。
 海江田氏は自嘲気味に言った。「彼(菅氏)は私のことを『経産省の回し者』みたいに思ってた」

    ◇      ◇

 「玄海騒動」直後の昨年7月、九州電力の「やらせメール」問題が表面化した。経済産業相だった海江田万里氏は「トップが責任を取るのは当たり前だ」として、真部利応社長の辞任を求めた。

 「身から出たさびだよ。地域独占の中で、あぐらをかいてた部分があるんだよ。今でも憤っているけどね」

 だが、真部氏が退任を表明したのは、それから5カ月もたってからだ。

 九電に限らず「原子力ムラ」の問題点は次々と浮かび上がった。

 「(政・官・業の)みんながグルになって、安全神話に染め上げられてしまった。(原発の安全性をチェックする役割の)原子力安全・保安院は、国民と向き合う姿勢が少なかったですね。電力会社の方さえ向いていれば仕事ができるということだったと思うよね」

 -指導しましたか。

 「『もっと分かりやすく説明しろ』と随分と言いましたよ」

 震災直後、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)の試算が官邸に届きながら、データ不足だったため「誤解を招く」と、政府内で共有されずに避難指示に生かされなかった問題も後に発覚する。

 「やっぱり縦割りだったね。前年(2010年)10月の原子力総合防災訓練では、SPEEDI使ってるんだよ」

 当時、海江田氏は経済財政相だったため訓練に参加していなかった。

 「仮定のデータとはいえ使えるものだった。僕もその場で訓練を経験してたら違った対応ができたかもしれない」

 縦割り構造、減点主義…。「霞が関文化」の弊害が招いた典型例だ。政治主導を叫びながらも、そうした悪習を打破できず、官僚をコントロールできない政治の限界をも浮き彫りにしている。

 4月には原子力規制庁が発足。エネルギー政策に関する各種有識者会議の議論も大詰めを迎えている。海江田氏は渦中にいたからこそ「原子力ムラ」の問題点を挙げる。だが、その後の政治の動きは鈍い。政府・民主党の姿勢ははっきりしない。一方の自民党も、原子力政策に関し「10年かけて結論を出す」と先送りした。

 何もかもあいまいなまま、電力需要期である夏場が刻々と近づく。海江田氏にもう一度問うた。

 -現経産相の枝野幸男氏は「安全が最優先」として、電力需給と再稼働を結び付ける考えを否定しています。見解が違うということですか?

 「ひとのことはコメントしたくない」「僕は、電力の確保は経産大臣の役割だと思っていた」

 -では、今はどう思いますか。

 「…今は分からない。言うといろいろあるから。もっと落ち着いてから言うよ」

 政治への期待は、原子力ムラを厳しくチェックし、国民の側に立った判断ができるかどうかだろう。徹底した議論を先送りする今の政治にその役割は果たせるだろうか。

=2012/03/01付 西日本新聞朝刊=

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