【フクシマの教訓】(1)の1 原子力ムラ黙り込む 官邸、情報過疎地に

下村健一・内閣審議官は震災直後から、官邸などで目撃した出来事をノートにメモしていた。「批判されても…」は3月13日朝の記述(画像の一部を加工しています) 拡大

下村健一・内閣審議官は震災直後から、官邸などで目撃した出来事をノートにメモしていた。「批判されても…」は3月13日朝の記述(画像の一部を加工しています)

下村健一・内閣審議官のノート。表紙が少し黄ばんでいる

 少し黄ばんだB5判のノート。表紙に「[4]’11・3・11~ 大震災」とマジックで書き殴ってある。「仕事上のメモです。たまたま、あの日から4冊目になった。手の脂がにじんでますね。当時は手に汗握ってたから」
 内閣審議官、下村健一(51)。TBS出身。首相在任中の菅直人に請われ、2010年10月、広報アドバイザーを引き受けた。東日本がマグニチュード(M)9・0の揺れに襲われた瞬間も、首相官邸にいた。

 「テレビ見て!」

 震災発生から一夜明けた昨年3月12日夕。ホワイトボードが持ち込まれ、福島第1原発事故対応の司令塔となっていた官邸5階の総理執務室に首相補佐官、寺田学が飛び込んできた。隅にあるテレビのチャンネルを変えると、1号機の建屋が吹き飛び、白煙が立ち上る映像が流れていた。

 下村も含め、その場にいた人間はぼうぜんとなった。原子力安全委員会の委員長、班目(まだらめ)春樹が繰り返し「爆発はない」と断言していたからだ。「爆発しないって言ったじゃないですか」。菅の言葉に、3人掛けソファに座っていた班目は「あー」と前のめりに頭を抱えた。そのまま動かない。

 執務室には、官邸中枢への情報伝達、助言役を期待された経済産業省原子力安全・保安院、事故当事者である東京電力の幹部たちも詰めていた。福島で何が起きているのか、今後どうなるのか。菅や政治家が何度問うても、明確な反応はない。

 これが日本の「原子力ムラ」のトップたちなのか-。「はい」と返事したきり身動きしない幹部の一人に、下村は駆け寄り「あなたの携帯を左手に持って、右手でボタンを押して確認の電話をかけてください」と言葉をかけた。官邸は「情報過疎地」と化していた。

 《批判されてもうつむいて固まって黙り込むだけ 解決策や再発防止姿勢を全く示さない技術者、科学者、経営者》(下村のノートより)

 「菅リスク」-永田町で最近語られるキーワードだ。国会の事故調査委員会(国会事故調)は9日、「官邸の過剰介入で現場に混乱を招いた」との見解を示した。携帯電話で現場に直接指示した菅の言動について、民間の独立検証委員会は、報告書で「首相がそんな細かいことを聞くというのは、国としてどうなのかとぞっとした」という関係者の証言を匿名で紹介している。

 実は、関係者とは下村だ。だが、ぞっとしたのは菅の言動に対して、ではない。「総理の直接介入が望ましくないのはその通り。でも専門家や情報伝達のシステムは役に立たず、直接介入しかなかった。そういう状況に『ぞっとした』んです」

 今年3月末。「的確に説明できず大変恐縮した記憶がございます」。国会事故調に呼ばれた東電フェロー、武黒一郎は東電を代表して官邸に詰めた日々を振り返った。

 武黒は東電の元原子力・立地本部長だ。事故調委員の一人は首をかしげた。「武黒さんは何のために官邸に行っておられたのか、さっぱり見えてこないんですが」

 官邸に設置された原子力災害対策本部の事務局長、保安院院長(当時)の寺坂信昭にいたっては、震災当日の夜を最後に官邸から姿を消していた-。 (敬称略)

   *   *

 福島第1原発事故から1年3カ月。関西電力大飯原発3、4号機の再稼働が秒読みになった。いずれ九州の原発再稼働も現実味を帯びる。野田佳彦首相は「事故は決して起こさない」と胸を張るが、多くの人々の生活を壊したフクシマの「教訓」は、どこまで生かされているのか。原発を取り巻く現状と課題を探る。

=2012/06/12付 西日本新聞朝刊=

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