【フクシマの教訓】(2)の1 SPEEDI中枢に届かず 拡散地域への避難生む

3月23日に福島第1原発事故後初めて原子力安全委員会が公表したSPEEDIによる放射性物質の予測分布図 拡大

3月23日に福島第1原発事故後初めて原子力安全委員会が公表したSPEEDIによる放射性物質の予測分布図

 東京・霞が関の合同庁舎4号館6階、原子力安全委員会の一室。計算結果を見た瞬間、茅野(ちの)政道(57)は目を疑った。

 震災から2週間近くたった昨年3月23日朝、緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)がはじき出した予測分布図には、避難や屋内退避が指示された福島第1原発から30キロ圏を大きく超えて、甲状腺被ばく線量が100ミリシーベルトを上回る地域が点線で示されていた。

 「これはすぐに首相官邸に知らせるべきだ」

 SPEEDIは、放射性物質の拡散を予測し、地図上に示すシステム。風向きや降水量、地形などのデータを利用する。環境化学を専門とする茅野は、30年来、研究開発に関わってきた「生みの親」だ。

 「SPEEDIを使うので、サポートしてほしい」。3月16日昼、原子力安全委員会から電話が入った。JRはまだ復旧前。茨城県東海村の独立行政法人・原子力研究開発機構の副部門長(現・部門長)である茅野は、タクシーとバスを乗り継ぎ、6時間かけて上京した。

 福島第1原発の全電源が喪失した影響で、試算の根拠となる放射性物質の放出量情報は得られない。茅野が試みたのは、放射能濃度の実測値を使って放出量を推定し、システムを動かす「逆推定」という手法だった。

 23日午前、安全委員に付き添って官邸へ。首相補佐官(当時)の細野豪志に面会し、官房副長官、官房長官の部屋を経て総理執務室に入るとき、事態の深刻さを物語るように随行者の数は大きく膨らんでいた。

 「初めて結果を見たな」。茅野は政府高官のつぶやきを聞いた。

 実は、震災直後からSPEEDIを所管する文部科学省や経済産業省原子力安全・保安院は、逆推定よりも精度は低いものの、仮定の数値に基づく計算を何十回も重ねていた。結果の一部は11日夜と翌12日未明の2回、保安院から官邸地下の危機管理センターに届けられていた。受けとった内閣官房の職員はしかし、首相ら官邸中枢の政治家に報告しなかった。

 「仮定に基づく作業ですから参考情報としての扱いにとどまった」。当時の保安院院長、寺坂信昭は事務方の代表として後に国会答弁している。

 SPEEDIは、その後も動かされていた。

 「運命の日」-福島第1原発から漏れた放射性物質が風雨によって運ばれ、福島県の広い範囲が汚染されたとされる3月15日はそう呼ばれる。SPEEDIの予測は15日時点で、原発から北西部の方向に放射性物質が飛散する可能性を示していた。その事実も官邸中枢には伝わらなかった。

 事故初期、緊急対応を迫られた政府が同心円状に避難区域を設定したのはやむを得なかった、という見方もある。とはいえ、放射性物質が風向き次第で同心円状に広がるとは限らないことも専門家の間では常識だ。

 「(SPEEDIの予測で)少なくとも北西部の方向に流れそうだということは分かるわけです」。茅野は悔しがる。

 茅野が持ち込んだ逆推定の予測図を政府は23日夜、公表した。後に全村避難する飯舘村など原発から北西方向の地域では、避難してきた人々のために炊き出しが行われ、子どもたちは外で駆け回っていた。
(敬称略)

=2012/06/13付 西日本新聞朝刊=

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