【問う語る】(1)の3 安易に「答え」は出ない 開沼博氏

▼かいぬま・ひろし福島県いわき市出身。09年東京大文学部卒。11年に同大学院学際情報学府修士課程修了後、現在は同博士課程1年目(社会学専攻)。著書「『フクシマ』論原子力ムラはなぜ生まれたのか」(青土社)は毎日出版文化賞受賞。 拡大

▼かいぬま・ひろし福島県いわき市出身。09年東京大文学部卒。11年に同大学院学際情報学府修士課程修了後、現在は同博士課程1年目(社会学専攻)。著書「『フクシマ』論原子力ムラはなぜ生まれたのか」(青土社)は毎日出版文化賞受賞。

 福島県出身の27歳。東日本大震災前の昨年1月に書いた修士論文を基にした著書「『フクシマ』論 原子力ムラはなぜ生まれたのか」で、なぜ福島第1原発が造られ、なぜ立地地域が原発に頼り続けているのかを探り、原発を通じて戦後社会のあり方を考察した。

 「調査を始めた2006年に核燃料サイクル施設がある青森県六ケ所村に行ったとき、住民から『昔は1年の半分は出稼ぎに行って家族バラバラだったが、施設ができて家族一緒に生活ができている』と聞いたんです。それまでは、立地地域はカネと引き換えに体制側から嫌なものを押しつけられていると漠然と思っていましたが、それでは立地地域の本当の姿を理解できないと知りました。何も知らず外から安易に批判できるのか、と」

 著書で、立地地域は衰退を避けるために原発を自ら「抱擁」していったと指摘。原発の名前を冠した名産品や道路などを示し、原発が地域の文化やブランドにもなっているとした。

 「地域にとっては原発ではない何か、であってもよかったんです。炭鉱やリゾートも同じです。最盛期にはそこに誇りや信念があった。(衰退した)今となっては、外から見るともの悲しく、理解しにくく見えるということです。この構図は九州など全国の原発立地地域に共通しています」

 原発事故以降も、福島などの原発立地地域に足を運ぶ。3月には、原発行政をめぐり国と対立した佐藤栄佐久・元福島県知事との対談本を出版する。タイトルは「地方の論理」だ。

 「一人一人、もっと地に足の着いた議論や行動ができるはずです。地方も、中央の論理にあえてのみ込まれ、乗り切ることでうまくいく時代は終わった。自分たちが独立した主体として論理をつくらなければ結果的に大けがをするということを自覚する必要があるのではないでしょうか」

 震災以降の原発問題をめぐる感情的な議論に違和感があるという。

 「メディアは、原発を押しつける体制側とそれに依存する立地地域という構図をつくりがちですが、敵を見つけて糾弾する議論だけでは駄目だと、腹の中で思っている方も多いと感じます」

 福島第1原発事故以降、脱原発の世論が強まったが、佐賀県知事選など全国の原発立地自治体の首長・議員選挙では原発推進・肯定派が勝利。玄海町の岸本英雄町長もなお、原発は必要と語る。開沼氏はこれも「代替案がない以上、合理的な判断」と指摘する一方で、何も変わらない状況に警鐘を鳴らす。

 「私はそれを『信心』の拡大、と呼んでいます。震災で分かったことは、科学技術によって合理的に説明されてきた前提が崩れた、ということ。安易な『答え』はないと気付かされた。にもかかわらず、原発肯定派は反対派に『騒ぎすぎ』と言い、反対派は肯定派を『人殺し』のように批判する。お互いが普遍的だと信じ、対立する宗教紛争みたいになっています」

 「再生エネルギーにすればすべてOKという声にも、(福島第1原発事故では)人が死んでいないからいいという意見にも、現実を知らないまま安直な解決策を信じ、悦に入るムードを感じる。そうした信心の拡大が、今回の事故を引き起こした。二項対立ではなく、お互いが同じテーブルで冷静に話し合う場が必要です」

=2012/02/29付 西日本新聞朝刊=

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