【コーヒー日和 福岡の街角で】(4) 豆を求めて世界を巡る

焙煎した豆の仕上がり具合をスタッフと一緒に確かめながら、良しあしを判断する技術を指導する井崎克英さん 拡大

焙煎した豆の仕上がり具合をスタッフと一緒に確かめながら、良しあしを判断する技術を指導する井崎克英さん

乾燥させたコーヒーの実から取り出した薄緑色の生豆。いり上げると黒く香ばしくなる

 店の扉を開けると、利き酒ならぬ“利きコーヒー”の真っ最中だった。「ズズーッ」。井崎克英さん(59)がスプーンですくった液体を一気にすすった。ブラジル、ケニア…。世界各地のコーヒーが入った約20個のカップ。それぞれの豆の特徴を生かす焙煎(ばいせん)ができているかを確かめる。

 「味の特徴がきっちり出ている」。一通り口にすると、満足げにうなずいた。

 集合住宅が立ち並ぶ福岡市中央区清川にある白いビルの1階に、井崎さんが代表を務める豆小売店「ハニー珈琲」の清川本店はある。専門に扱っている豆は最高品質の「スペシャルティコーヒー」だ。喫茶店の世界では「コーヒーの味は焙煎7割、入れ方3割で決まる」と言われてきた。豆そのものへの関心が高まったのは2000年ごろ。米国の複数のカフェチェーンが高品質の豆を使い始め、人気を集めたことがきっかけの一つだった。

 「今では豆7割、焙煎2割、入れ方1割と言う人が増えている。おいしさは素材の味次第なんですよ」

 大学を卒業後、知人と2人で学習塾を立ち上げ教壇に立った。1996年のある日、客として足を運んでいたハニー珈琲の当時のオーナーから「店を引き継いでほしい」と誘われた。塾の運営に迷いが生じていたころ。二つ返事で引き受けた。

 コーヒー業界に飛び込んだ当初は、理想の味が作り出せなかった。ただ、スペシャルティコーヒーと出合い、方向性が見えた。01年に義弟に土産でもらったのが、このコーヒー豆。「苦味が強くなる深煎(い)り豆なのに苦くない。甘さや透明感があった」。これまでの知識が覆される思いだった。それ以来、“豆職人”として歩んでいく覚悟を決めた。

 道のりは険しかった。高品質の豆ほど世界中の業者との奪い合いになる。生産地の業者に顔を出しても「味の分からない人間にいい豆を売らない」というシビアな現実にも直面した。

 質の高い豆を入手するには、自分が味の特徴を見分けられるようになるしかなかった。日々コーヒーの味利きをし、酸味や香り、後味などの豆の特徴を数値化できる味覚の“物差し”を完成させた。

 その技量は世界に認められた。06年にブラジルなど主要生産国で行われるコーヒー品評会「カップ・オブ・エクセレンス」の国際審査員に選出された。最高品質の豆は、この品評会で審査員が高評価したもの。手に入れるにはインターネット上のオークションで、世界の業者たちとの入札競争に勝たなければいけない。

 「ほれ込んだ豆は絶対に競り落とす。この機会を逃すと飲むことができない豆もあるから」。昨年はエルサルバドルで1位とルワンダで4位に入った豆を落札。店頭に並べることができた。中南米、アフリカ…。おいしい豆があると聞けば、地球の裏側の農場まで足を運ぶ。金をかけるのは豆のみ。移動の飛行機はもちろんエコノミーだ。

 福岡で世界最高級の豆を楽しんでもらおうと、市内に3店舗を構える。「コーヒーが苦手という人の考えを変えたい。みんなに愛される豆を届けていきたい」。顔をくちゃくちゃにした屈託のない笑み。その表情が、ある女性マスターのことを思い出させた。

=2013/03/02付 西日本新聞=

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