【コーヒー日和 福岡の街角で】(5) 天神見守り続けて23年

カウンターに座る常連客と話しながら、開店当初から変わらないサイフォンでコーヒーを入れる斉藤接子さん 拡大

カウンターに座る常連客と話しながら、開店当初から変わらないサイフォンでコーヒーを入れる斉藤接子さん

天神ビブレ3階にある喫茶キャロット

 周囲の様相が目まぐるしく変わる街だから、変わらないママの笑顔に会いたくなる-。

 福岡市・天神の商業施設「天神ビブレ」3階にある喫茶キャロット。「いらっしゃいませ」と落ち着いた声で店主の斉藤接子さん(66)が出迎えてくれる。

 開店して23年。今も昔も働く女性たちの“オアシス”だ。ビブレや隣接する「天神コア」は若い女性向けの洋服を販売する店が多く、休憩時間になると女性販売員や、近くのオフィスで働くOLが羽を休めに訪れる。

 店内は、施設内にある音楽でにぎやかな洋服売り場とは別世界。開業してから、味はもちろんのことコーヒーの値段350円は変わらない。ここだけ時間がゆっくり流れている。

 客がレジで注文し、出来上がった商品をカウンターで受け取る「セルフスタイル」の店とは違い、席で注文を受けてコーヒーを持って行く。「古くさいやり方かもしれないけど、人間同士で付き合うこのやり方が一番好きです」

 喫茶店はコーヒーを飲むだけでなく、待ち合わせや打ち合わせで利用される。ときには仕事の愚痴を聞いてあげたり、恋の相談をされたりする。結婚や出産、転職などで「卒業」していった常連客一人一人の顔を今も覚えている。

 カウンターからたくさんの人間模様を見てきた。忘れられない一組のカップルがいる。8年ほど前の出来事。週に2、3度来て、ホットコーヒーを頼む20代の女性がいた。交際相手の男性はきゃしゃな学生で、いつも帽子を目深にかぶり、カウンターの方には目も合わせない。男性の方がいつも待ち合わせに遅れ、来ないこともあった。

 ある日、閉店時間になり、女性に「今日も彼来ないね」と声を掛けると「きっと忙しいんです」と、怒ったり責めたりする様子を見せなかった。

 彼女との会話を重ねて3年の月日が流れていた。しっかりした体格にジャケットを羽織り、見違えるほど立派になった男性が1人で店に現れた。

 「覚えてますか。僕、彼女と結婚しました」。信じて待ち続けた彼女の思いが通じたんだと思うと、目に涙があふれた。

 同市中央区春吉にあった自転車店の4人姉妹の末っ子として生まれた。毎日忙しく働いている両親を間近に見て「商売は絶対嫌と思っていました」。

 ただ、人生は思い通りにいかない。調理場の設計士だった夫が「天神コア」に洋食店をオープン。自然と店を手伝うようになった。夫が今の喫茶店を始め、やがて店主を務めることになった。

 嫌で嫌でたまらなかったはずの商売。今では天職だと思う。「だって名前がぴったりなんです。接子の接は接待の接。人と人をつなぐ『接』ですから」と頬を緩めた。

 キャロットがあるビブレは以前、働く女性向けの店が多く、ビルの周囲も書店や高級家具店があったせいか、客の年齢層も高かった。近頃は大半が若者向けの店舗で、学生や20代前半が多い。

 「もともと人が好きな性分なんです。お客さまが来てくださる限りは続けたい」。昭和から平成。時代や客層が変わっても喫茶店では、さまざまな人間ドラマが生まれる。その空間では必ずカップを片手に口にする一杯のコーヒー。その味を演出する人とは…。匠(たくみ)の技を求め、店を後にした。

=2013/03/06付 西日本新聞=

PR

PR

注目のテーマ