【コーヒー日和 福岡の街角で】(6) 美味なる一杯にかける

焙煎機から出した豆をうちわで激しくあおぐ森光さん 拡大

焙煎機から出した豆をうちわで激しくあおぐ森光さん

手製のネルで丹念に入れられる「珈琲美美」のコーヒー

 一杯のコーヒーができあがるまでには、さまざまなプロセスを経る。その一つが生豆をいり上げる焙煎(ばいせん)。香りや味を大きく左右するこの作業に、こだわりを持つ男がいる。

 福岡市中央区赤坂にある「珈琲美美(びみ)」。店を訪れると、店主の森光宗男さん(65)が、生豆が入った焙煎機のデジタル温度計を鋭いまなざしで見つめていた。温度がある領域にさしかかった。「ハッ」。気迫のこもった声を発し、焙煎機のふたを開ける。「機械任せではなく、人の手じゃないと微妙な調整はできない」。手にした2枚重ねのうちわで、いり上がった豆を激しくあおぐ。

 この後、粗熱をとった豆をブリキの缶に移し、缶の周りを湿った布で包み込み、蒸らす。

 「ご飯でも、蒸らしの時間ってあるでしょう。コーヒーも、ご飯と同じで水と火加減だけで調理して、素材の持ち味を引き出す」。生豆は乾燥した状態で焙煎する人が多いが、森光さんは焙煎前夜に50度のお湯で生豆を3度洗い、ざるに上げて一晩置く。この一連の流れの焙煎は“森光流”と言われるオリジナルのものだ。

 戦後間もない1947年、久留米市で生まれた。物心ついたころから、ハワイ移民の叔母が送ってくれるコーヒーを口にしてきた。高校卒業後、東京のデザイン専門学校に通うが、中退。叔母を頼ってハワイに渡り、農作業などを手伝いながら、今後の身の振り方を考えた。

 重労働を長時間にわたって強いられる移民にとって、一杯のコーヒーはひとときの安らぎだった。「生活の中で、区切りをつける『句読点』になっていると感じたんです。コーヒーを飲む意味を垣間見た気がしました」

 帰国後、東京・吉祥寺にある自家焙煎の草分け的な名店「もか珈琲店」に入店。「コーヒーの鬼」と称される標交紀(しめぎゆきとし)氏(故人)の元で修行した。理想のコーヒーを追求し、諦めることを知らない標氏の生き方に感銘を受け、進む道が見えた。

 福岡市内に「珈琲美美」を構えたのは77年。30歳のときだ。独自に開発した自家焙煎のほか、コーヒー粉にお湯を注ぐ入れ方にもある特徴がある。「もか」の修業時代。各地の喫茶店で数千杯のコーヒーを飲んだ。そのうち、心から感動したのはわずか3杯。いずれも三角帽の形をしたネル(綿生地)のフィルターにコーヒー粉を入れ、静かに一滴一滴お湯を落としていく入れ方だった。このやり方を習得。「私のコーヒーの入れ方の基本」と開業以来、続けている。

 店の1階が焙煎室。2階の喫茶スペースは、野の草花が飾られ、壁には自ら撮った写真が掛けられている。まるで茶室のようなたたずまいだ。

 客に出したい味のイメージを尋ねると、しばらく考え込んだ後、こう切り出した。「『おいしい』は言い表せるものじゃない。あえて言うなら記憶に残る味かな」

 独立して35年。生豆の質や、気温、湿度、自身の体調などによって、焙煎した豆の仕上がり具合は毎回微妙に変わる。このため理想の一杯をつくれるのは、一年に1度か2度だという。「お客さんが飲めるかどうかは、一期一会です」。いたずらっぽく笑った店主の声が響き渡る中、店内を見渡すと、本棚にあった1冊のコーヒーに関する単行本が目に留まった。

=2013/03/07付 西日本新聞=

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