【累犯を断つ】(6)取調室に変化の兆し

 検察官の取り調べを録画した映像に、福祉の専門家が口を挟んだ。「質問を畳み掛けてはいけません」「相手が答え始めるのを気長に待ちましょう」

 10月14日、東京・霞が関の東京高検会議室。実際の取り調べの様子をたたき台に議論が続いた。

 容疑者の男は知的障害がある。おびえた表情でうつむいたままだ。

 「黙秘権の意味を、どのくらいの障害者が分かると思います? ほとんど分かっていませんよ」。専門家の指摘に、検察官は不可解な顔をした。あなたには黙秘する権利があります、と説明すると容疑者は決まって「はい」と言うのに、と-。

 検察改革の一環で最高検が7月に設けた知的障害者専門委員会の一こまだ。最高検や法務省の幹部ら15人ほどと、障害者に詳しい専門家5人が集う。障害に応じた捜査や公判を模索している。

 4月、当時の法相江田五月(70)が記者会見で強調した。「知的障害など供述が誘導されやすい人は、全過程の可視化を含むやり方を考えなさいよと言っているわけです」。大阪地検特捜部の不祥事を受けて発表した「検察再生の取り組み」。知的障害者については3カ月以内に可視化を試行せよと迫った。

 虚偽の自白による冤罪(えんざい)、障害に気付かない、前科の多さで機械的に起訴する…。課題は以前から指摘されていた。だが個人の意識に任せ、組織として問題をとらえたことはなかった-。検察幹部は甘さを認める。

 こうして始まった可視化の試行は4月から一部の地検で、7月からは全国に広がった。冒頭の映像を含め9月末までに84事件、228回の取り調べが録画・録音された。対面ではなく座る位置を変える、福祉のプロを立ち会わせて調べる…。試みは来年夏まで続く。

 変化は出始めた。専門家の助言を受け、じっと静かに待っていると容疑者が口を開いたという。可視化の試行と委員会の議論。「取り調べの技術向上に役立っている」と幹部は言う。

 償うという意味が分からず刑に服し、また罪を重ねる障害者たち。「判決をもらって刑務所に送れば終わりという認識だった」(検察幹部)との反省から、委員会は再犯防止や社会復帰のあり方も検討する。

 11月中旬、最高検の幹部らが長崎県を訪れた。罪を犯した人を積極的に受け入れる施設を5時間かけて視察した。「百聞は一見にしかず。よく理解できた」。委員会の座長を務める最高検公判部長の岩橋義明(57)は語る。

 「ケース・バイ・ケースだが、障害がある人を何が何でも刑務所に入れたいわけではない」とは別の幹部。「地域にどういう福祉の資源があるかを知ることがまず大事」と言う。

 窃盗罪に問われた知的障害のある村木道夫(64)=仮名=が14日、福岡高裁で執行猶予付きの判決を受けた。公判を前にした弁護士との打ち合わせで福岡高検の検事は、地域生活定着支援センターの存在すら知らずに言い放った。「累犯に、執行猶予なんか付きませんよ」

 トップダウンの改革は船出したばかり。現場への浸透は-。「時間はかかる。でもやらなくてはいけない」。幹部は自らに言い聞かせた。
(敬称略)

 ▼検察改革 大阪地検特捜部の証拠改ざん隠蔽(いんぺい)事件などの不祥事を受け、法相の私的諮問機関・検察の在り方検討会議が3月、取り調べの可視化の範囲拡大を柱とした提言をまとめた。4月、当時の法相が検察の再生に向けての取り組みを発表し、基本規程の制定や人材開発などの改革、取り調べの可視化拡大などを最高検に指示。最高検は検察改革推進室を設置、7月には検察運営の意見を得るため専門家を交えた参与会を設け、知的障害者、組織マネジメントなどの専門委員会も置いた。

=2011/12/19付 西日本新聞朝刊=

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