【再起を支える】(9)すみ分け描けず迷走 自立更生促進センター

 電話が鳴った。北九州市小倉北区の「北九州自立更生促進センター」。刑務所を仮釈放になったあとセンターで暮らし、社会に戻った中年の男性が受話器の向こうで言った。「洗剤はどこで買えばいいんでしょうか」。図書館での本の借りかたを聞いてきた人もいる。

 職員は、ちょっとうれしくもある。「ちゃんとやってるな」と…。

 センターは2009年6月、初の国営の更生保護施設という位置づけで法務省が開設した。帰る場所のない仮釈放者の社会復帰支援は民間の更生保護施設が担ってきたが「苦労は多く、もうからない」(関係者)ゆえに施設は増えず、殺人や放火、性犯罪者は地域への配慮から受け入れに消極的だった。

 民間では対応が難しい人たちに国が手を差し伸べる。こう理念は掲げたが、地域では「治安が悪くなる」「怖い」と反対運動が火を噴いた。やむなく刑期8年未満の仮出所者に限るなどの受け入れ基準で船出した。開設から3年を迎えるのに、周辺には「仮出所施設反対」の看板が立つ。

 定員は男性14人。10の居室には「生活の案内」という30ページ超の規則集が備え付けてある。職員の同行なしには敷地の外に一歩も出ることはできない。常に居場所が把握できるよう、衛星利用測位システム(GPS)付きの携帯電話を離さないこと。部屋に現金は1円も置いてはならない…。

 あまりにも厳しい管理に、民間の施設などからは「社会内刑務所だ」と揶揄(やゆ)する声もある。

 パソコンに向かっていた保護観察官に、センター長の田畑義弥(50)がハッパを掛けた。「ほら、早く営業、行けっ」

 仮釈放後の行き先として自由の乏しいセンターを希望する受刑者はいない。開設から2月末までに延べ64人が入所したのは「営業の成果」と田畑は言う。営業とは、民間の更生保護施設から受け入れを断られた受刑者を紹介してもらうために全国の刑務所や保護観察所を回ることだ。

 血税で運営し、反対運動は収まらない。福岡保護観察所の幹部も言う。「国民と地域に認めてもらうためには、実績を示さないと」

 仮釈放者が入所する3カ月間、ハローワークや企業の面接にも保護観察官がついて行く。しどろもどろの応対しかできない人には助け舟を出す。独自の再犯防止プログラムで教育も行う。

 午後10時の消灯を過ぎて入所者1人の行方が分からないと、職員10人全員に緊急招集がかかる。捜索する班と関係機関へ出す書類を作成する班に分かれて対応。これまでに無断外泊で仮釈放を取り消したのは4人。禁酒を破った2人も刑務所に送り返した。

 更生保護に国が本腰を入れると期待された自立更生促進センターは、北九州市と福島市(10年8月開設)にしかできていない。国は11年度には、NPO法人などに仮釈放者の宿泊を委託する「自立準備ホーム」のしくみをつくった。センターと更生保護施設と、どうすみ分けるのだろう。更生保護の行く末を国自身が描けず、迷走しているようにもみえる。

 確かなのは、社会で生きていくために支えを求める人がいること。センターに電話をしてきた男性のように。
(敬称略)

 ▼自立準備ホーム NPO法人や社会福祉法人が仮出所者らにアパートなどの宿泊場所を提供して自立を促す施設。156事業者が登録。国は2011年4月~12年2月に688人の宿泊を委託した。一方、自立更生促進センターは、当初計画された京都市と福岡市には住民の反対で開設されていない。北九州センターの予算は10年度の4980万円から12年度は3770万円に減った。国営の施設は自立更生促進センターのほか、就農による自立を支援する就業支援センターが北海道と茨城県にある。

=2012/04/25付 西日本新聞朝刊=

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