【裁くということ】(3)従来の手法は通じず 試練の検察

 福岡県警本部5階の科学捜査研究所。白衣の研究員から説明を受ける若い検察官は、神妙な顔でメモを取っていた。廊下のガラス越しに、DNA鑑定に目を凝らす。「よく分かりました」と頭を下げた。いつもは警察に対して捜査のあり方を指示する検察。「これまでなかった光景だ」。県警幹部は感慨深げだ。

 足利事件などの冤罪(えんざい)に加え、厚生労働省の文書偽造事件で元局長の村木厚子が無罪になった。大阪地検特捜部の検事が証拠を改ざんし、検察不信を決定付けた。

 警察が捜査し、集めた証拠を基に裁判で有罪を証明するのが検察の役目だ。福岡地裁では、証拠として自白調書が全くない裁判員裁判も珍しくない。自白に頼った捜査と立証は通用しない。客観的な証拠が求められる。

 福岡地検の検察官が県警の科捜研に足を運ぶのは昨年から。DNAなど専門的な領域は書類では理解しづらいが、裁判員には鑑定が正しいことを分かってもらわなければならない。捜査技術が進歩する中、最高検は全国の地検に警察の科学捜査を学ぶよう促した。「勉強は絶えずやっていい」と検察幹部は言う。

 物証があっても安心はできない。無罪の速報は最高検を震撼(しんかん)させた。2010年12月のこと。

 「証拠がある」。どの検察官も自信を持った鹿児島市の高齢夫婦殺害事件。金を奪うために夫婦宅に入り殺害したとして、男性が強盗殺人罪に問われた。男性は否認し、検察は死刑を求刑。直接的な証拠はなかったが、夫婦宅の至る所にあった男性の指紋やDNAが決め手になるはずだった。

 鹿児島地裁判決は、こうした状況証拠では、男性は夫婦宅には入ったが殺害の犯人とは認められないとした。「全くの想定外だった」。公判を担当した検事は振り返る。

 検察は控訴したが、今年3月に男性は病死。検察が正しかったと言い返すすべはなくなった。

 「夜が明けると雪化粧。雪がいつ降ったか見なくても、夜中に降ったと認定できる」。さいたま地裁で検察官は裁判員に語り掛けた。鹿児島と同じく、自白を含めた直接証拠がない中で死刑を求刑した首都圏連続不審死事件。4月の判決は状況証拠のみで死刑とした。

 違いは何か。「少ない証拠を組み立てて、分かるように説明したかどうかだ」。検察幹部は分析する。

 「もう驚かなくなりました」。検察関係者は苦笑する。覚せい剤密輸事件で無罪が連発。既に8件。無罪率は裁判官時代の0・6%から2・1%に跳ねた。千葉など事件が多い地検にある捜査マニュアルが古くなっていないか、税関での検査時に対象者の挙動を録画してはどうか-。見直しに向けた議論が始まった。

 裁判員裁判と並行して始めた取り調べの一部可視化(録音・録画)は否認事件にも拡大した。現場の抵抗はあるが、検察幹部は「罪を立証するためにこそ、最大限利用するしかない」と言う。

 「疑わしきは被告人の利益にと考えました」。くだんの鹿児島地裁の判決後に裁判員が述べたように、市民の冷静な視点は刑事裁判を原点に回帰させつつある。

 厳選した証拠と的を射た主張。検察もまた、基本へ立ち返ろうとしている。
(敬称略)

 ▼検察改革と可視化 大阪地検特捜部の証拠改ざん隠蔽(いんぺい)事件を受けた法相の私的諮問機関「検察の在り方検討会議」が改革策を提言し、昨年4月に本格的に始まった。特捜事件や知的障害者に対する取り調べの録音・録画(可視化)や、部下が上司を評価する人事制度が柱。裁判員裁判対象事件の可視化は制度開始前の2006年8月から、被告が自白している場合に限り、検察官が調書を読み聞かせる場面など一部で導入。現在は否認事件にも対象を広げ、取り調べの全過程で行うこともある。

=2012/05/23付 西日本新聞朝刊=

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