【裁くということ】(4)やむを得ない選択か 死刑

 「みなさんの意見を書いてください」。裁判長の言葉を合図に、科すべき量刑を書く紙が配られた。考えはまとめていたはずなのに、なかなか鉛筆を握れない。死刑か、回避か。裁判員を務めた会社員山中則男(仮名)の手は震えていた。

 被告の奥本章寛(あきひろ)(24)は、宮崎市の自宅で義母と妻、生後5カ月の長男を殺害したとする殺人罪に問われた。

 証拠の写真には、遺棄された穴から掘り起こされたばかりの男の子の亡きがらが写っていた。怒りが込み上げた。一方で被告席に座る奥本は、まるっきり少年に見えた。傍聴席で心配そうに見つめる両親の姿が目に入った。「もう、耐えられない」と思った。

 8日間にわたった評議の最後。6人の裁判員と3人の裁判官の意見がホワイトボードに記されていく。

 結論は死刑。裁判長が「休憩にしましょうか」と声を掛けるまでの5分か10分、誰も言葉を発しなかった。沈黙の中で何人かが泣いていた。

 2010年12月の宮崎地裁。判決が読み上げられる間、無表情な奥本の後ろで泣き続けた両親の姿を山中は忘れることができない。

 「命を奪う死刑の選択は負担が重すぎる」。控訴審が再び死刑とした今も、重大事件は裁判員裁判の対象から外すべきだと考えている。

 大阪市のパチンコ店に放火し、5人を殺害、10人を負傷させたとして大阪地裁で死刑判決を言い渡された高見素直(44)の公判は、責任能力が争点になった。

 3人の精神鑑定医が出廷。2人は「責任能力があった」、1人は「犯行には精神疾患が影響した」と説明した。補充裁判員として評議で考えを述べた水崎進(仮名)は「どちらの意見にもうなずける部分があり難しかった」と話す。

 鑑定医の証言をかみ砕いて、全員が納得できるまで議論した。ただ、もし責任能力に問題があったという鑑定医の人数の方が多かったなら、違う考えになったかもしれないとも思う。

 控訴したと知り、ほっとした。「高裁の裁判官がプロの目で慎重に判断してほしい」

 死刑の判断に苦悩するのは裁判官も同じだ。

 元裁判官の弁護士安原浩(兵庫県)は、広島高裁岡山支部の裁判長として死刑を言い渡したとき「私たちとしてはやむを得ないと考えるが、もう一度、別の見方で審理を受けなさい」と上告を勧めた。

 裁判官同士で死刑について話し合うことはほとんどなかった。死刑廃止論に共感するようになったが、退官するまでその思いは胸に抑えてきた。

 裁判員裁判のもと、この3年で14人に死刑判決が言い渡された。被告が少年だったり、被害者が1人だったりと判断が難しい事件もあった。

 日弁連は、死刑は裁判員と裁判官の全員一致で決めるべきだと提言する。これには裁判員経験者から慎重な意見もある。「自分が死刑に賛成したことが周囲に知られてしまう」からだ。

 「これまでの死刑適用基準を理解するのは難しく、自分の感覚で判断しました」「遺族感情を考えると極刑が出やすいかもしれません」

 いずれも、死刑と向き合った市民の声だ。
(敬称略)

 ▼死刑をめぐる国際情勢 1989年に国連総会が死刑廃止条約を採択して以降、死刑廃止は国際的な流れにある。90年に死刑制度のある国は96カ国だったが今年3月現在で57カ国に減り、廃止・停止国は計141カ国。08年の国連総会では、日本などに死刑執行の停止を求める決議が採択された。日本では今年3月、1年8カ月ぶりに3人の死刑が執行された。その際、小川敏夫法相は記者会見で「犯罪にどのような刑罰で臨むかは国民が決めること。裁判員裁判でも死刑は支持されている」と述べた。

=2012/05/24付 西日本新聞朝刊=

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