【裁くということ】(5)市民感覚は生きるか 控訴審

 裁判員裁判で傷害致死罪により懲役7年の判決を受けた若宮隆(38)=仮名=の控訴審初公判。福岡高裁の裁判長は突如、弁護人を法壇に手招きして尋ねた。「これが、血に見えますか」。一審判決が採用した現場写真の証拠としての価値を疑っているようだ。壁に黒ずんだ液体が飛び散っている。弁護人が「見えません」と答えると、裁判長は大きくうなずいた。

 若宮は、飲酒中に口論となった知人を4回にわたって暴行し、死なせたとして起訴された。

 裁判長は、このうち1回の暴行の信ぴょう性に目を付けた。一審で検察側はくだんの写真を証拠として提出したが、血液だと示す鑑定書はなかった。「裁判員裁判だから、写真で血痕と認めたのでしょうけど…」。福岡地裁の審理のあり方に皮肉を込めた。

 さらに「通路で殴った」と記している一審判決に対して、被告の供述調書は「玄関付近」となっている違いを指摘。「一審の認定には大きな疑問がありますね」。裁判官が、公開の法廷で判決内容に踏み込んだ発言をするのは異例のことだ。

 示唆した通り、昨年11月の控訴審判決は一審判決を破棄、1回の暴行を認めず懲役6年とした。若宮が上告し、最高裁は3月、控訴審判決を支持した。

 この裁判長は2010年11月、別の傷害致死事件の初公判でも、裁判員裁判の判決について「傷害と死亡の因果関係を特定しておらず明らかな法令違反。破棄は免れませんね」と発言している。

 裁判員裁判の控訴審について、最高裁は「明らかに不合理でなければ一審判決を尊重すべきだ」との判例を2月に示した。福岡高裁の裁判長の言動は、一審を担う地裁などで「市民感覚を反映させる裁判員制度の趣旨に反するのではないか」と波紋を広げていた。

 裁判員裁判は、裁判員が理解しやすいように証拠を極力減らす。供述調書などの書面はほとんど採用しない。これに対し高裁は、事件に関する証拠をじっくり調べる。一審判決の不備も見つかりやすくなる。

 ある高裁のベテラン裁判官は、刑事裁判はあくまでも客観的な証拠に基づいて予断なく判断されるべきだと考える。「最高裁には怒られるかもしれないが、裁判員裁判であっても高裁はやり方を変えたらいけない」と言い切る。

 覚せい剤取締法違反(営利目的輸入)の罪で福岡地裁の裁判員裁判で実刑判決を受け、無罪を主張し控訴した三宅亮(26)は、本紙に寄せた手紙で「市民の判断が間違いないとはいえない。プロの判事が答え合わせをしてほしい」とつづった。

 福岡高裁の管内(九州・沖縄)で、裁判員裁判の判決が破棄されたのは3月までに13件。中でも、2件の放火罪に問われた女は福岡地裁で1件が有罪、もう1件は無罪となり、高裁で全面無罪となった。検察が上告し最高裁で争われる。

 裁判員の判断を尊重するのか。それとも推定無罪の原則に徹した高裁判決を重視するのか。元裁判官で同志社大法科大学院教授の杉田宗久(刑事法)は「裁判員裁判の控訴審はまだ事例が少なく、高裁に求められる役割は定まっていない」と最高裁の判断を注目する。
(敬称略)

 ▼三審制と上訴手続き 裁判所も誤った判断をする可能性はあり、被告と検察双方は、確定していない判決について3度の裁判を受ける上訴の権利がある。一審の地裁や簡裁の判決に不服があれば高裁に控訴でき、高裁判決に不服があるときは最高裁に上告できる。控訴できる要件は(1)訴訟手続きに法令違反があった(2)判決が認定した事実に誤りがある(3)刑が重すぎる-など。これに対し上告の要件は原則として(1)控訴審の判断が憲法に違反している(2)判例に反する判断がある-場合しか認められていない。

=2012/05/25付 西日本新聞朝刊=

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