【裁くということ】(6)担うべきか続く模索 暴力団と性犯罪

 鋭い目をした黒いスーツの男たちは、無線のイヤホンを耳にはめ、周囲をうかがいながら玄関をくぐった。遠巻きに警察官。捜査車両も控えている。ここは福岡地裁。裁判員裁判の判決の日だ。

 年老いた暴力団の元組員が、対立する指定暴力団道仁会(どうじんかい)の会長宅を襲撃したとして殺人未遂の罪に問われた。法廷の入り口には金属探知機。被告席と傍聴席は透明の防弾パネルで仕切られた。

 裁判員の浅野幸枝(仮名)が法壇に座ると、傍聴席の男たちの視線が刺さった。「怖い。帰りたい」。目をそらした。

 審理で見た映像は今も鮮明だ。手元のモニターに会長宅の監視カメラがとらえた襲撃の様子が映し出された。拳銃を発射した瞬間、元組員の手の先からパッ、パッと閃光(せんこう)が走った。手りゅう弾がさく裂し、砂煙が立ち上る。もうもうとした煙の中から人がはい出てきた。

 「これって、現実なの?」。普通のおじいちゃんにしか見えない目の前の被告が、とてつもなく恐ろしく感じた。2日間の審理で裁判員は誰も質問しなかった。「恨まれるのが嫌だったから」と浅野は明かす。

 懲役30年の求刑に対して判決は懲役26年。評議に際し裁判長は「同様の判例はありません」と説明した。裁判員を務めた田中隆明(仮名)は「自由な評議というよりも、この辺が落としどころかなという感じでした」。考えを反映させられたとは思えないでいる。
指定暴力団工藤会(くどうかい)系組幹部を射殺したとして、別の幹部が殺人罪で起訴された。殺人事件は裁判員裁判の対象だが、全国で唯一の例外として裁判官だけで審理された。2010年12月のこと。裁判員法には、裁判員や親族に危害が及ぶ恐れがあれば対象から外す規定がある。

 発砲事件が絶えない福岡県。同じ年の3月には北九州市の暴力追放運動のリーダーの自宅が狙われた。県警は工藤会の犯行とみる。市民にさえ銃口を向けるとは-。

 福岡地検は「工藤会の事件の裁判員を務めたいですか」と市民にアンケートをし、福岡高検や最高検、法務省と協議した。「工藤会だからこその特例」(検察幹部)として裁判員裁判から外すよう福岡地裁小倉支部に請求、地裁支部も認めた。

 九州では、暴力団が絡む裁判員裁判は珍しくない。市民感覚を司法に生かすための裁判員制度。除外規定の適用は「極力慎重でないといけない」と、ある裁判官は言う。

 性犯罪も、裁判員裁判にふさわしいか議論がある。裁判所は被害者の知り合いが裁判員に選ばれないよう配慮し、傍聴人のいる法廷では匿名で審理している。それでも被害者にとっては苦痛だ。

 大分県警は10年4月、強姦(ごうかん)致傷の容疑者を、被害者の希望を受け入れて裁判員裁判の対象とならない強姦容疑で逮捕、送検した。他の事例も知る識者は「被告の罪が軽くなり、刑事裁判本来の姿ではない」と指摘する。

 裁判員が被害者のつらい心情に触れることで、性犯罪は厳罰化している。「分かってもらえた」と評価する人もいるけれど、被害を公表する山本恵子(32)は訴える。

 「人に知られたくない心の傷と、恐怖を代償にしているんです」
(敬称略)

 ▼裁判員対象事件の見直し 裁判員裁判の対象は、最高刑が死刑または無期懲役か、故意に被害者を死亡させた事件の一審。裁判員法は制度開始3年で必要があれば見直すと規定。日弁連は3月、起訴内容を否認する被告が希望すれば、対象外でも裁判員裁判とするよう提言、痴漢や交通事故を想定している。検察からは「市民になじみが薄い」として覚せい剤密輸事件を対象から外すよう要望する声がある。性犯罪は、裁判員裁判かを被害者が選択できるよう改正を求める声もある。

=2012/05/26付 西日本新聞朝刊=

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