【裁くということ】(7)判決の先にあるもの 市民と司法の進化

 2月20日の朝。スマートフォン(多機能携帯電話)のアラームが鳴った。画面には「命日・愛音(あいね)ちゃん」。気温1度と冷え込む中、草野武志(仮名)はベランダに出た。「生きていれば娘と同じ5歳…」。黙って空を見上げた。

 草野が福岡地裁で裁判員を務めたのは2年近く前。3歳の愛音が母親の再婚の男に殴られ死亡した事件だった。草野には愛音と同じ月に生まれた一人娘がいる。ふびんな幼子が娘と重なった。

 おもらししたというだけで殴られた愛音には、80以上のあざがあった。

 男を許すことはできない。でも男も幼いころ親に虐待を受けていた。妻を夜の仕事に送り出し、毎晩1人で義理の娘をみていた。「もう少し、周りが気に掛けることができていたら、悲劇は防げたかもしれない」とも考えた。

 悩み抜いた判決は懲役7年(求刑懲役10年)。裁判長に愛音の誕生日を尋ね、命日とともにスマートフォンに登録した。「生きていたら何をしていたんでしょうかね。関わった以上、生まれた日と亡くなった日に、愛音ちゃんのことを考えてあげるくらいのことはしたいなと思います」

 児童虐待事件はその後もやまない。街で親子連れを見ると、子どもにあざがないか目がいくようになった。虐待の早期発見や子どもを保護する態勢も強化してほしいと思う。政治や行政にも目が向くようになった。

 福岡県粕屋町で高校生2人を飲酒運転で死なせた男に萩本純一(仮名)ら福岡地裁の裁判員は昨年9月、懲役14年(求刑15年)の判決を言い渡した。

 萩本にも2人の男の子がいる。「危険運転致死罪の最高刑20年でも軽すぎる」と初めは思った。公判を通して、こうも考えるようになった。「刑を重くするだけでなく、飲酒運転をしたら免許を二度と取れないように法改正したらどうか」

 死刑判決にかかわった近藤邦夫(仮名)は、死刑の次に重い刑が無期懲役であることに驚いた。被告と遺族の双方にとって天と地ほどの違いがある。審理の休憩中、裁判員の間で終身刑のことが話題になった。

 大阪地裁の裁判員裁判は3月、1歳8カ月の娘を虐待死させた男に求刑の1・5倍の懲役15年の判決を下した。「求刑の八掛け」ともいわれた従来の相場では考えられない重さだ。弁護人は「プロの量刑を市民が正す、と言っているように聞こえた」と話す。男は即日控訴した。

 福岡地裁のベテラン裁判官はこの3年、裁判員から事あるごとに保護観察のことを尋ねられた。「僕も実態を詳しく知らなかった。勉強しましたよ」と苦笑する。保護観察所や保護司が関わることで更生を促す保護観察付きの執行猶予判決は、裁判員裁判になって倍増した。

 「裁判員は被害者の苦しみと怒りに共感する傍ら、被告が立ち直るにはどうすれば良いかを突き詰めて考える。学ぶべきは僕たちの方でした」。この裁判官は言う。

 社会のありよう、司法制度のあり方…。判決の先にも、さまざまな思いがある。
(敬称略)

 ▼裁判員経験者へのアンケート 最高裁の1~2月の調査によると、法廷で理解しにくかったことは(1)被告や証人の話す内容(18・4%)(2)事件内容が複雑(16%)(3)調書の朗読が長い(10・8%)(4)証拠や証人が多い(3・1%)(5)審理時間が長い(2・2%)-だった。裁判員を務めた感想は「非常によい経験」「よい経験」の肯定的な意見が95・3%を占めた。評議は「話しやすい雰囲気」が73・7%。議論は「十分にできた」が72・1%、「不十分だった」は7・8%だった。

=おわり

(久保田かおり、一瀬圭司、宮崎拓朗、コラージュは大串誠寿、茅島陽子が担当しました)

=2012/05/27付 西日本新聞朝刊=

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